契約している女子プロゴルファー、有村智恵のポスターの前でがっちりと握手を交わす竹中宣雄・ミサワホーム株式会社代表取締役社長(左)と、松井功・日本プロゴルフ協会相談役

契約している女子プロゴルファー、有村智恵のポスターの前でがっちりと握手を交わす竹中宣雄・ミサワホーム株式会社代表取締役社長(左)と、松井功・日本プロゴルフ協会相談役

 政財界に幅広い人脈を持つ松井功・日本プロゴルフ協会相談役(73)が、各界のトップランナーにゴルフや経営について聞く「松井功のグリーン放談」。第16回のゲストは、竹中宣雄・ミサワホーム株式会社代表取締役社長(67)。堅牢(ろう)でデザイン性でも高く評価される住宅業界の雄は、大事故からゴルフで生き返った、筋金入りのゴルフファンでもあった。
 松井(以下松)「竹中さんのゴルフ歴は30~40年ですか」
 竹中(以下竹)「本気でやり出したのは平成になってからです。青森に赴任していたころ、大きな交通事故をしましてね。頸椎(けいつい)やあばら骨を含めて60か所以上を骨折しました」
 松「60か所ですか」
 竹「5月に入院して退院したのが12月。さらに輸血が原因で、C型肝炎も発症しました」
 松「それは大変でしたねえ」
 竹「医者に酒を止められて、夕食後が暇になりましてね。リハビリを兼ねて練習場に行くようになりました。しかし、左足や右肩の骨折のせいでまともに打てない。そこで毎日、親切に教えてくれたのが東奥CCのクラチャンの方で、半年ほどたったころ、コースに誘っていただいたときはうれしかったですね。痛みで1ホールしか回れませんでしたが、最高でした」
 松「いい出会いでしたね」
 竹「だから、私はゴルフ好きですけれど、ゴルフ好きの方も好きなんですよ。ゴルフのおかげでリハビリがすごくうまくいった。私はゴルフで命拾いをしたと思っているんです」
 松「肝炎の方は?」
 竹「治療の末、10年ほど前にやっと完治と言われました」
 松「その間はずっとお酒は飲まず?」
 竹「いや、営業ですから、そうもいきません。最初の1杯はビールで、次のジョッキの中身はノンアルコールに変わっているとか、そういうお付き合いでしたね」
 松「大変ですね」
 竹「しかし、人柄を知るのにゴルフほどいいスポーツはない。お酒よりも本当に親しくなれますね」
 松「今は普通に打てるようになりました?」
 竹「結果は別にして、打てているような気がします。しかし我々はお昼を食べただけでスイングが変わってしまいますから。アマチュアにとってゴルフは『運動会』と言うそうですね。『運』と『道具』と『回数』だと(笑い)」
 松「どのクラブが一番苦手ですか?」
 竹「ドライバーです。長い間、チーピン病でして。ある方に教えられたのは、左をきつく握って打てと。そうするとチーピンはなくなると」
 松「左を強く握ると振り遅れますからね」
 竹「私、ハンドファーストに構えるのですが、そうするとインパクトでクラブが立つから比較的距離が出るのではないかと思うんです。ドライバーもきゅっと握るとかぶってしまう。それでチーピンが出るのかなと」
 松「ハンドファーストでボールは中。これは当然ですね。今までのフォームで打ちたいのであれば、もっと右足を後ろに引いてみてください。オープンスタンスでハンドファーストはだめです。ハンドファーストにするのならクローズです」
 竹「初めて知りました。すぐに練習にいってきます(笑い)」
 松「ミサワは有村智恵さんと契約してますが、やっと調子が上がってきた」
 竹「だいぶ悩んでましたね。日本開幕戦の時に食事をしたのですが、『ショートパットが怖い』と言ってました」
 松「いい時に比べてヘッドが出てなかった。インパクトでアジャストするから、芯に当たる確率が低くなってしまう」
 竹「入るときは、ちょっと打ち過ぎたぐらいのほうが入りますよね。私はステップアップツアーもテレビで見ていますが、パターをショートする選手が多い。上のクラスのほうが、明らかに強く打っている」
 松「そう。しかしステップまでご覧になっているのはすごい」
 竹「有村プロはアメリカに行って苦戦されてますけど、スポンサーを降りるつもりはありません。年に1度、私どもの取引業者の方とプロアマ戦をやらせていただいていますが、喜んでいただいています」
 松「いいですね」
 竹「プロアマといえば、男子シニアのホスピタリティーにはびっくりします。それから、プロアマ戦を日曜日にやるのはすごいですね」
 松「僕がPGAの会長の時に、富士フイルムの古森会長と相談してやってみようと」
 竹「いい戦略です。プロもトーナメントが終わった直後ですから、リラックスしてますしね」
 松「ありがとうございます」
 竹「富士フイルムシニアで去年は高橋勝成さん、一昨年は白浜育夫さん、その前は青木功さんと回りました。青木さんはテレビで見るとべらんめぇ調ですが、まったく違う。これはきっと松井さんが教えたんだろうなと思いました」
 松「教えたなんておこがましい。僕はスポンサーに『選んでください』とプロアマ出場選手の名簿を渡します。賞金ランキングは関係ない。スポンサーに選んでいただく。やっとレギュラーツアーもそうなりました」
 松「ミサワホームは昭和基地以来、堅牢な家づくりとグッドデザイン賞で有名ですね」
 竹「1967年に南極昭和基地の居住棟とヘリ格納庫を建設して以来、基地のほとんどの建築を請け負いましたが、おかげさまで今も無事に来ています。グッドデザイン賞も25年連続でいただきました。ただし、これからの住宅市場は少子高齢化、人口減少に対応していかないといけません。今、社内は構造改革に取り組んでいます。中古流通とかリフォームとか資産活用とか。本業はあくまで住宅ですが、事業ドメインを変えようとしているところです」
 松「若い頃は猛烈な営業マンとして有名だったそうですね」
 竹「若かったですからね。会社の転換期に立って、もう一回頑張らなくてはと思ってます。プロ野球選手は3割打ったら一流、2割8分打てなければダメといわれますよね? では、1シーズンで打つヒットの数が何本違うのか。143試合でざっと計算すると、たった12本ですよ。つまり2週間に1本。ほんのわずかな違いが、ものすごい結果の差となって表れる」
 松「なるほど」
 竹「『戦略は細部に宿る』といいますが、成功している人と失敗している人との差はほんのちょっと。本当に緻密なところが大きな違いを招くんですね」
 ◆竹中 宣雄(たけなか・のぶお)1948年7月16日、和歌山県生まれ。67歳。72年、法政大学社会学部卒業、ミサワホーム入社。88年株式会社ミサワホーム青森(現東北ミサワホーム)代表取締役店長、92年ミサワホーム株式会社営業企画部長、99年千葉ミサワホーム(現ミサワホーム東関東)代表取締役社長、2004年ミサワホーム東京代表取締役社長、07年ミサワホーム株式会社取締役専務執行役員、08年同代表取締役社長執行役員。入社以来、一貫して営業畑を歩む。弟は竹中平蔵慶応大学教授。

松井 功(まつい・いさお)
1941年11月2日、神戸市生まれ。72歳。富士ゼロックス専属。用具契約はキャロウェイ。18歳で林由郎プロに師事し、66年プロテストにトップ合格。翌年、プロデビュー。主な戦歴は72年静岡オープン2位、79年全日空札幌オープン4位、80年ミズノゴルフトーナメント6位など。91年よりシニアツアーに参戦。2002年、日本プロゴルフ協会理事就任、広報委員長を経て、05年会長に就任。2期務めた後、13年から相談役。一般財団法人日本プロゴルフ殿堂理事長、NPO法人日本ジュニアゴルファー育成協議会(JGC)理事長、阿山カンツリー倶楽部理事長。烏山城カントリークラブ会長。

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