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 男子国内ツアーの今季最終戦、日本シリーズJTカップで石川遼(24)=カシオ=が自己流を貫き、メジャー初制覇を勝ち取った。「この優勝は本当にうれしいよ」―。最終日。石川は2位に5打差をつけての優勝直後、18番グリーン脇でマネジャーの小瀬悠輔氏(37)、契約するキャロウェイゴルフの島田研二氏(39)ら“チーム遼”のスタッフと満面の笑みで抱き合って喜びを爆発させた。この一言に1年間の苦悩が凝縮していた。

 記者は11月の三井住友VISA太平洋マスターズ、ダンロップフェニックス、カシオワールドオープン、日本シリーズと終盤4連戦で連日、石川組について歩いた。石川が米ツアーへ主戦場を移した13年からゴルフ担当に就いた記者にとって、過去最多の連戦取材。「日本シリーズで遼君が優勝すると想定して、違いや変化をきちんと描けるように」と、わがままを言って立候補した。石川の心身の変化を肌で感じ、知ることが出来た。

 4連戦の前半2戦と後半2戦ではまるで別人だった。米ツアーから帰国後初戦の三井住友―では、パットのグリップをクロスハンドから順手に戻すなど、試行錯誤しながら8打差の24位。翌週の林間コースのダンロップ―では、ドライバーショットを曲げる場面が目立った。さらに、センターシャフトのパターを投入したがグリーン上で大苦戦。3オーバーの52位で終えた。連日、練習グリーンでは様々な握りやパターを試し、パット改善に励んでいた。佐藤賢和キャディー(35)、契約するキャロウェイゴルフの石井尚氏(38)が場を明るく盛り上げ、笑顔で黙々と打ち込む遼の姿が印象深かった。

 この時点では日本シリーズ優勝は厳しいかな、と見えた。ところが、ホスト大会のカシオ―で劇的な変身を遂げた。石川は三井住友―から帯同していたコーチの父・勝美さん(59)と話し合い、レディース用のLよりも柔らかい、白シャフトを搭載した練習用パターを投入。練習場で背中の筋肉を意識し、大きなストロークでのパットを毎日、日が沈むまで繰り返した。すると次第にダイナミックなショットも戻り、第2ラウンドから首位を走って1打差の2位となった。

 

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 そして弊社主催の日本シリーズには、パターと同じ柔らかいシャフトの練習用6アイアンを持ち込んだ。それを練習Rや練習場で定期的に振り、大きなスイングを徹底して確認。「考え過ぎると良くない」「無心で」と感覚を信じて思い切りのいいスイングで、メジャーの難設定を攻め抜いた。

 石川が首位に立った第2ラウンド以降、記者は3日連続で1面を書かせてもらった。ゴルフ担当になってからは初めての経験だ。終わって見れば通算14アンダーでの圧勝。24歳は内面で米ツアーでの戦いを見据え、自分との戦いも繰り広げていた。「米ツアー(フェデックスカップポイントランク)124位の選手が、日本であっさり勝ったとは思わないで欲しい。米ツアーでいいゴルフができなくて、考え方を変えて日本で勝てた。今のゴルフができれば、50位くらいには入れると思います」とうなずいて車に乗り込み、コースを後にした。

 日本シリーズ前、初めて石川に単独インタビューをしていた。14~15年シーズンの米ツアーでの苦しかった胸の内を聞いた。28戦で11度の予選落ち。5月のプレーヤーズ選手権の8位が最高でトップ10入りは2戦。シーズン最終戦でフェデックスランク124位ギリギリに滑り込み、シードを死守した。「米国へ行って初めてそつなく、ミスしないゴルフをしようとした。そしたらバーディーも減って…。これではいけない、これではいけないと思いながら、なかなか変えられないでいた。あの時があったからこそ、今また一皮むけようとしている自分が居る。あまり他人と比べて自分のゴルフがどうこうというのは気にせず、自分の中のMAXのスケールでやっていきたい」。

 日本シリーズはまさに有言実行だった。石川のインタビューを通じて、ラグビーW杯で3勝を挙げたエディー・ジョーンズジャパンを思い出した。日本シリーズの4日間は、「ジャパンウェイ」ならぬ「遼ウェイ」を垣間見た気がする。日本タイトルホルダーとなった石川が、1月からの米ツアーでどんな活躍を見せてくれるか楽しみでならない。

 

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 ◇榎本 友一(えのもと・ともかず)
1976年7月26日、東京都生まれ。中大卒業後、サンケイスポーツ文化報道部を経て2003年に報知新聞社入社。箱根駅伝担当、北京五輪担当などを経て13年からゴルフ担当。男子ツアー初取材だった同年つるやオープンでは、尾崎将司のエージシュート&松山英樹のプロ初Vを目撃する強運男。

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