日本の女子ツアーのプレーオフ最長記録は10ホール。そして、最終決着が付くまでの所要時間は2時間40分だった。これが、ホール数としても、所要時間としても最長記録。これは、1986年6月22日、岐阜県の富士CC可児Cで行われた「ダンロップレディス」でのことでのこと。吉川なよ子、沢田さと子、涂阿玉が同スコアで並び、サドンデス・プレーオフに突入し、大激戦を制したのは吉川子だった。
 何故、こんなに時間がかかったのか? それは中継したテレビ局のせい。プレーオフ1ホール目は18番で行われ、2ホール目は17番ホール。それでも決着がつかなければ18、17番を繰り返すことになっていた。そして、3ホール目で涂が脱落したものの、それからが長かった。吉川と沢田は互いに一歩も譲らずプレーオフは進み、そして、選手やギャラリーの移動を少なくするために6ホール目からは18番だけを使うことになった。しかし、激戦は延々と続いた。当時の女子プロ競技では「ハーフ(9ホール)を2時間以内」という目標設定されていた。それでも1ホール分多いとはいえ、わずか2人がプレーするのに2時間40分もかかった。
 当時のテレビ中継は、現在のようにホールに何台ものカメラがセットされているような時代ではなかった。そのため、準備に手間がかかり、選手たちはティーグラウンドでテレビクルーがあたふたと準備するのを待って、カメラがスタンバイできてから、ようやくショットできるという流れとなった。そのために、本来のプレー時間だけでなく、中継準備という余分な時間がかかってしまった。
 「あんなに時間がかかったのは、当時としては恥ずかしい」記録だったと吉川は振り返っている。

 

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 ◇古賀 敬之(こが・たかゆき)
1975年、報知新聞社入社。運動部、野球部、出版部などに所属。運動部ではゴルフとウィンタースポーツを中心に取材。マスターズをはじめ男女、シニアの8大メジャーを取材。冬は、日本がノルディック複合の金メダルを獲得したリレハンメル五輪を取材した。出版部では「報知高校野球」「報知グラフ」編集長などを歴任。北海道生まれ、中央大卒。

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