ハワイの水は苦かった。PGAツアー2017年シーズン開幕戦の「SBSトーナメント・オブ・チャンピオンズ」はハワイ・マウイ島のカパルア・プランテーションコース(パー73)で行われ、首位に2打差2位スタートの松山英樹(24)=LEXUS=は終盤の15番で首位に1打差まで追い詰めたが届かず、日本人男子最多の米ツアー4勝はならなかった。

 

 優勝は首位スタートの23歳、ジャスティン・トーマス(米国)が通算22アンダーでツアー3勝目。松山は3打差の単独2位。年間ポイント、フェデックスランク1位の座は辛うじて守った。

 

 単独2位スタートの松山は1番でいきなり3パットボギー、4番もボギーと振るわずトーマスにあっという間の5打差。だが、14番、この日は283ヤードの“ワンオンパー4”でグリーンエッジからロブショットを直接カップインするイーグルで3打差。15番パー5は動揺したトーマスがティーショットを左ハザードに入れるダブルボギーで一気に1打差に迫った。しかし、ここまでだった。17番、トーマスが1メートルのバーディーチャンスにつける起死回生のバーディー。9メートルを強気に狙った松山はこのホールで2つ目の3パットでリードは3打に広がった。

 

 起伏のあるパイナップル農園に造成したリゾートコース。15メートルを超す強風が吹いた。300ヤードの短いホールとイーグルが期待できる3つのパー5に、昨年生まれた32人のチャンピオンがツアーナンバーワンをかけてしのぎを削った。松山はティーショットが安定。アイアンはピンについたが、この日、3日間冴えたグリーン上の迫力が失せ命取りとなった。6、7、12番と絶好のチャンスを逃し、流れを止めた。トーマスがダブルボギーの15番も1メートルのバーディーを逃している。14番でチップインイーグルという、これ以上ない逆転のチャンスを、自分からつぶすミスとなった。入っていればタイ。その瞬間、トーマスの顔の苦渋の表情は明るさに変わった。今後に尾を引くいやなシーンでなければよい。

 

 1994年生まれで24歳の松山。93年生まれのトーマスは23歳。昨年10月開幕の米ツアー「CIMBクラシック」で2人は優勝争い、この時もトーマスが23アンダー、松山は3打遅れの2位終わった。93年生まれにはジョーダン・スピース、ダニエル・バーガー(ともに米国)とめきめき売り出し中の“93年トリオ”がひしめく。松山も含め新世代が存在感を主張しはじめた今大会だ。ここは何としても抑えておきたかった。松山、悲願のメジャー制覇は20代後半のロリー・マキロイ(英国)、ジェイソン・デー(豪州)に加え新たな波が押し寄せはじめた。

 

 ハワイ。日本のゴルフに元気を与え続ける夢の島。松山の奮闘を前向きにとらえてここは最終組での優勝争いを良しとすることにする。1927年、宮本留吉と安田幸吉が日本人初の海外遠征を敢行、ハワイアンオープンに出場すると、宮本は最終日最終組を回って13位となった。1983年、青木功が日本男子初の優勝を飾ったのも最終組だった。松山の今回で3度目だ。そう考えれば、次週はオアフ島・ワイアラエに移動しての「ソニー・オープン・イン・ハワイ」が待ち遠しい。今大会の好調組が頑張るのが例年の傾向だ。楽しみは次週にある、というわけだ。頑張れ松山。2週連続で最終組。そして…いいね!

武藤 一彦(むとう・かずひこ)
ゴルフジャーナリスト。コラムニスト、テレビ解説者。報知新聞には1964年入社、運動部に所属、東京オリンピックはじめボクシング、ゴルフ、陸上担当。編集委員、専属評論家も務めた、入社以来50年、原稿掲載の”記録”を現在、更新中。
日本ゴルフ協会広報参与、日本プロゴルフ協会理事を経て日本プロゴルフ殿堂表彰選考委員、日本ゴルフ振興協会広報メディア委員、夏泊ゴルフリンクス理事を務める。

ゴルフは4メジャーのほか、ワールドカップなど取材、全英オープンは1975年から取材し日本人記者のパイオニア的存在。青木功のハワイアンオープン優勝にも立ち会った。1939年生まれ。東京都出身、立大出。

最新のカテゴリー記事

報知広告案内
報知チャリティ情報
ページ上部へ戻る