全英オープンに次ぐ男子ゴルフ伝統のメジャー「全米オープン」は18日、ウインスコンシン州のエリンヒルズ(7741ヤード、パー72)で最終日を行い松山英樹は首位と4打差の2位に食い込んだ。第3ラウンドでスコアを崩し首位から6打差とはなされた松山は、スタートからバーディーを積みかさね6アンダー66、通算12アンダーで2位と健闘した。同大会の自己最高位5位を上回る自己ベスト。優勝は日本ツアーのダンロップフェニックスはじめ欧州、そして米ツアーに1勝をあげたブルックス・ケプカ(米、26歳)がメジャー初タイトル。優勝スコア16アンダーはメジャー史上最多アンダーだった。日本の小平智は46位、宮里優作は60位。

 

 最終ホールをバーディーで締め8バーディー、2ボギーの66、通算12アンダーで上がった松山に4万観衆から称賛の拍手が送られた。首位から6打遅れの14位が一気に順位を上げ優勝争いに突入した。だが、松山の1歳上、ケプカは13番からの3連続のバーディーで逆転を許さなかった。厳しいアメリカツアーの傍ら欧州、日本で各1勝した。飛ばし屋として知られ、その粗さゆえにポカもあったゴルフは小技にみがきがかかった。13番からのバーディーパットは1メートル、3メートル、そして7メートルを決めた。いずれもラインは、ちょいフック。同じフックラインについて運もひきよせた。

 

 松山は1ラウンドを出遅れ、2日目にベストスコア65、3日目また崩し最終日にまた追い上げた。その回復力はさすがだが、アップダウンの激しさは「自分の調子がいいのか悪いのかさっぱりつかめない」不安を生んだのだろう。
 勝負どころの15番、前日はワンオン狙いのドライブ・アンド・ピッチのトリッキーなホールだったが、強風の吹いたこの日は一転トリッキーなホールに変わった。松山は3アイアンでティーショットしながらブッシュに入れボギーとした。ここが勝負の分かれ目となった。後続のケプカはスプーンで刻みバーディーとした。そんなこともあるのがゴルフ、と言って済ませてはいけない。技術、内面の強さ、セルフコントロールでケプカは松山を上回ったのだ。これが世界、したたかさだ。4打差はその証明だろう。

 

 だが、今年の大会で松山が主役の一人として見せた重厚な存在感は永久に忘れない。全米オープン史上最も長い7741ヤード、600ヤードを越えるパー5が3、460ヤードを越えるパー4がほかに3つあった。2006年開場のエリンヒルズは新しいコンセプトを持った史上まれにみるタフなコースだった。主催の全米ゴルフ協会はこれまで伝統的なコースを提供してきたが、今回初めて冒険を試みた。松山はその先鋒に立ち懸命に戦った。新しい時代の変わり目を真正面から受け止めて戦った。たくましさが加わった。

 

武藤 一彦(むとう・かずひこ)
ゴルフジャーナリスト。コラムニスト、テレビ解説者。報知新聞には1964年入社、運動部に所属、東京オリンピックはじめボクシング、ゴルフ、陸上担当。編集委員、専属評論家も務めた、入社以来50年、原稿掲載の”記録”を現在、更新中。
日本ゴルフ協会広報参与、日本プロゴルフ協会理事を経て日本プロゴルフ殿堂表彰選考委員、日本ゴルフ振興協会広報メディア委員、夏泊ゴルフリンクス理事を務める。

ゴルフは4メジャーのほか、ワールドカップなど取材、全英オープンは1975年から取材し日本人記者のパイオニア的存在。青木功のハワイアンオープン優勝にも立ち会った。1939年生まれ。東京都出身、立大出。

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