松山英樹のメジャータイトル獲得はならなかった。今年のメジャー最終戦、期待の松山は前半を終わって単独首位に立ったが、11番から3連続ボギーで後退、アメリカの23歳、ジャスティン・トーマスが初メジャーをさらった。
 松山を含めメジャー未勝利選手が上位にひしめく混戦。今季のワールドランク3位と絶対有利の松山だったが、勝運がなかった。象徴的だったのは10番、同組のトーマスとの明暗だ。このホール、トーマスはティーショットを左林に打ち込みながら跳ね返った球はフェアウエーへ、さらに6メートルのパットはカップの淵で止まりあきらめかけた7,8秒後、ボールはカップインしバーディーとなった。
 松山もバーディーだったが、相手の度重なるラッキーに挽回の芽をつみとられ、動揺があったのだろう、ショットが乱れたのはこの後、11番80センチのパットをはずし12番、13番と3連続ボギー。その13番は、トーマスがグリーン奥に外しながら長いアプローチパットを入れるバーディーの幸運もあって、3打の大差がついた。

 

 松山は、地元向けのインタビューを笑顔でこなすのが精いっぱい。直後の日本向けインタビューではにじむ涙をぬぐい隠すのに苦労した。

 

 「メジャーチャンピオンを目指す」と公言し続けた。19歳でマスターズに挑みベストアマ。以来挑戦したメジャーは21戦目。7年目の今年は全米オープンで自己最高の2位、直前のブリヂストン招待に優勝、さらに全米プロは昨年4位とあって手ごたえ充分だった。だが、勝負の残り9ホールで逆転を食らった。何もかも分からなくなったのではないか。

 

 日本人とメジャーは、くやしさ、もどかしさの歴史だ。1973年、マスターズ初出場で8位の尾崎将司、80年青木の全米オープン2位までは上位食い込みは明るいニュースだった。世界の仲間入りを喜ぶ笑顔が新鮮だった。だが、86年、中島常幸が全英で最終日最終組を回りながら8位に終わったあたりからムードは変わった。勝機を意識して男子ゴルフに悲壮感が漂った。
 全米プロではかつて中島が3位に入った。丸山、伊沢、片山のトップ5入りが繰り返されるたびに日本中から“歯ぎしり“が聞こえた。
 そういえばターンベリーでの中島はホールアウト後、天を仰ぐと大声で泣いた。負けて泣いた日本のプロの姿を見るのは今回の松山と二人目だ。くやしさの歴史にピリオドはいつ打たれるのだろうか。

 

 松山の、そして日本の試練は続く。「また練習をして、立て直したい。結果がついてこなかったのは残念だが、練習で取り戻したい」松山は例によって、自分の至らなさに責任を押し付けた。だが、松山の健闘は誰もが認めるところだ。
 3日目64のベストスコアで生き返った松山は、この日、14、15番で連続バーディーとし2位タイにカムバックして見せた。目前の悲劇にゴルファーは絶望的になるものだが、松山はそんなことは日常茶飯と受け止め、不死鳥のようによみがえった。今回で松山の魅力、可能性が失せたわけではない。むしろたくましさが増した。誰もがその強靭さを確信したに違いない。

 

武藤 一彦(むとう・かずひこ)
ゴルフジャーナリスト。コラムニスト、テレビ解説者。報知新聞には1964年入社、運動部に所属、東京オリンピックはじめボクシング、ゴルフ、陸上担当。編集委員、専属評論家も務めた、入社以来50年、原稿掲載の”記録”を現在、更新中。
日本ゴルフ協会広報参与、日本プロゴルフ協会理事を経て日本プロゴルフ殿堂表彰選考委員、日本ゴルフ振興協会広報メディア委員、夏泊ゴルフリンクス理事を務める。

ゴルフは4メジャーのほか、ワールドカップなど取材、全英オープンは1975年から取材し日本人記者のパイオニア的存在。青木功のハワイアンオープン優勝にも立ち会った。1939年生まれ。東京都出身、立大出。

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