北海道の名門・釧路カントリークラブのゴルファーとは早や、6年に及ぶ交流がある田中さん。年中行事は互いの信頼を高め年々、深まっている。2018年夏も釧路でエージシュートを狙った。残念ながら失敗に終わったが、地元紙・釧路新聞は一面のコラム「余儘」で、田中さんを取り上げて大歓迎した。田中さんは島根県松江の漁業出身、漁港・釧路とは何かと縁がある。

 

 コラムは伝える。「縁があり、神奈川県を拠点に不動産、食品など5社、社員400人をかかえる北山グループ取締役会長の田中菊雄さん(83)に出会った。83歳のゴルファーは年齢以下でホールアウトするエージシュートを300数回も記録する腕前。しかも、ノータッチ、完全ホールアウトなどをモットーとしている。釧路CCは、“雄大でコースもよいが、何と言ってもハートのある人たちに迎えられている”、とやってくる名手に、コースは親近感と友情もって接している。かつて田中さんは釧路で4回エージシュートを達成、釧路はその友情の証として同ゴルフ場内に記念植樹、クラブハウス内に銘板を設置して祝った。田中さんの好きな言葉の一つに“咲いた花見て 喜ぶならば 咲かせた根元の恩を知れ”がある。“根”は釧路の人たちのことである。田中さんは神奈川に帰ると周囲の人たちに釧路行きを進めている。長い付き合いを子、孫の時代まで伝わるように長い付き合いをしたいという強い思いがあるといっていると結んでいる。

 

 釧路CCには2013年初ラウンド、エージシュートを達成したのは2014年7月。東西合わせて36ホール、その鶴居東コースをメンバーたちと周り41,39の80。田中さん、79歳の時だった。だが、1打足りず、と意に介していなかったら、同伴のメンバーから「エージシュートは数えでオーケーでしょ、エージシュートだ」と大騒ぎ、コースも認めて公認された。数え年は、戦後、満年齢が採用されるまで日本独自の慣習、いまも高齢を祝うなど数えで祝う日本に伝わる慣習となっている。田中さんの記録のうちにも7回の“数え年記録”がある。(2018年9月現在)。

 

 1963(昭和38)年、開場の釧路CCでは初の快挙だった。樹齢60年のもみじを山から掘り出しマスター室前にでんと記念植樹を植えた。その後の理事会でクラブハウス内に銘板を設置することを新たに決めた。栄光のクラブチャンピオン、理事長杯、ホールインワン達成者らと並びエージシューター田中の名が掲示されている。田中さんには日常茶飯事だが、釧路の人には驚きであり、誇りだったのだ。エージシュートを理解し心から喜びとする、そういう人たちに囲まれて田中さんは感激し、勇気をもらっている。
 2015年、80歳の時は記録なしに終わったが、翌2016年、39,42の81、釧路で2度目は、満81歳、正真正銘のエージシュート。うれしかった。「通算回数は132回目です」と胸を張ると地元がどっと沸き、わがことのように胸を張ったそうだ。7月17日は孫の一人の誕生日だった。田中さん、期するものがあるときめっぽうパワーを発揮するが、釧路の思い入れは、以来、孫パワーとともに田中さんを支える力強いパワーになったのだった。
 2017年7月、82歳の時、田中さんは41,39の80、翌日は42,40の82と2日連続をやってのけた。通算回数は220回。地元の興奮が手に取るように伝わってくる。
 2018年、釧路で5回目を狙った田中さんだったが、惜しくも届かなかった。だが通算4回は達成コース別ランクの6番目である。釧路は田中さんの得意コース。今後に期待しよう。

 

 エージシュートは9月5日現在、333回に達した。3月3日生まれの田中さんだ。9月3日で83歳と6か月。シーズンはちょうど半分、シーズン初めに立てた350回の目標に向かってあと20回に迫って83歳の今季は例年になくハイペースである。

 

 ◆田中 菊雄(たなか・きくお) 1935年3月3日、島根・松江市生まれ。83歳。神奈川・川崎市を拠点にリフォーム、食品など5社、社員400人を抱える「北山グループ」取締役会長。東京・よみうりGCなど4コース所属、ハンデ5。初エージシュートは06年8月、71歳のとき静岡・富士国際富士コースを70で回った。173センチ、65キロ。

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