ゴルファー心理から判断するに、わかるような気がする。ミケルソンの全米オープンの前代未聞のペナルティ事件である。48歳の誕生日を迎えたメジャー5勝のスター選手、フィル・ミケルソンは、その第3ラウンドの13番グリーン上、パットしたボールを故意に自ら止め2打罰を食らった。
 パットした球が傾斜を下りバンカーに入りそうになったのを、とっさに追いかけパターの先で止めた。それがルールに違反することを知りながら「バンカーに落ちるより2罰打がついても、同じ位置から打ち直す方がいいと判断した」と故意であったことを認めた。この違反によりこのホールのスコアは10。ミケルソンは81と大きくスコアを落とした。ペナルティがつくことが分かっていながらあえてやってのけた名手の前代未聞のプレーは、その行為がゴルファーとしての品位に欠け悪質であり失格させるのがふさわしい、という声もあがっている。

 

 第118回の全米オープンは18日、米ニューヨーク州のシネコックヒルズ(7440ヤード、パー70=35,35、)で最終日を行い大混戦の末、ブルックス・ケプカ(米)が4日間通算1オーバーで昨年に続き2連覇を達成、日本期待の松山英樹も苦しみながらもアンダーパー67を出し、54位から16位へランクアップ、面目を保った。ケプカの2連覇は大会史上7人目の偉業、ケプカは来年のペブルビーチで史上2人目となる3連覇に挑戦と偉業がかかって歴史的にも意義の高い大会となった。だが、ミケルソンの事件はゴルフにおけるルールの解釈や順守について改めてゴルフ界がどのように対処していたか、また今後、どう対応するのかを問う大きな問題点を提起した。

 

 118回に及ぶ全米オープン史上、まれにみる激戦は、ケプカの優勝スコアが1オーバーだったことに表れている。このスコアは昨年、117回の全米オープン(エリンヒルズ)の16アンダーと比較するとにわかに信じがたいハイスコア、その原因はコースの難度が高すぎたせいであったようだ。ゴルフは自然との闘いの一方で、深いラフ、高速で堅いグリーン、脱出不可能なバンカーなど人為的な工夫を凝らすスポーツでもある。昨今はコース自体の難易度をそうした人的な調整で行う傾向にある。道具の進歩で飛距離は伸びスコアは伸びるに任せている。クラシックな名コースはその結果、距離が短く感じられパワーゴルフだけに有利となった。そのためグリーンを堅くしショットがとまりにくく、高速にすることで下りのパットは加速がつくとグリーンの外まで転がり落ちた。微妙な感覚は選手に、恐怖心を植え付け、ミスを引き出し、それを繰り返すことで精神的なダメージが選手をさいなんだ。今回のミケルソンの行為は、コースの難易度を上げた結果、起こるべくして起こった。そんな気がする。

 

 大会を主催する全米ゴルフ協会は、ミケルソンの行為をルールに従い2打罰とし、第1打を打った地点からプレーを再開させた。しかし、過去に意図的に自分の打った球が、バンカーに入りそうになったからといって、止めたということは聞いたこともなかった。失格に値する、というその行為をゴルファーにあるまじきことを理由に主張する意見がでたというが、それも一理ある、と解釈できるのではないか。

 

 審判のいない稀有なスポーツ、ゴルフである。ルールトラブルが起きたときプレーヤーは自己の判断とマーカーの承認、それでも解決の道がない時は競技委員の裁定を仰ぐ。しかし、競技中のとっさの判断で2打罰を覚悟の上で行った今回のミケルソンのプレーは、ミケルソンが2打罰を覚悟してやったという点で確信犯だった。
 ミケルソンの行為をゴルファーの計算づくのずるい行為であれば失格がふさわしい、という意見もあながち無視できない。そんな気がするがいかがなものだろう。
 今回のことはこのまま静観するには事は重大である。主催の全米ゴルフ協会(USGA)と全英オープンを主催する英・R&A(ロイヤルエンシェントGC)はゴルフルールを統括する唯一の機関である。今回のことはこのまま静観することなくじっくりと議論を重ねる事件だったと思う。なんらかの判断を下す必要がある。注目したい。

 

 そしてゴルファー心理としての個人の見解である。ミケルソンの気持ちを忖度するなら、これは抗議だったのでないか、と思っている。ミケルソンは“大会を難しくするのは自由だが、自然との闘いに人的な障害物を入れすぎていませんか”と13番のグリーン上、とっさに打った球を、悪いこととわかりながら止めたのかもしれない。ミケルソンは身を挺してゴルフ界に課題を突き付けたのではなかったか。
 そんな中で、思い起こすのは、使用ボールがスモールからラージに切り替わった1977年の日本ツアーでベテランの杉原輝雄が「ジュンクラシック」のあるホールで提起した事件だった。その試合で杉原はある林越えのティーショットをOBに5発、立て続けに打ち込んだ。ベテランの乱心か、と話を聞くと事情はやむにやまれぬ背景に彩られていた。ある意味で今回のミケルソンの“心情”につながるので明記しておくとー。
 その時、杉原はこういった「小柄で非力で年寄りのぼくは若い選手に負けまいと長尺ドライバーを使いトレーニングに精出して何とか同じ土俵で戦ってきた。しかし、それを来年77年からスモール球を禁止。ラージ球にしますよと決めた。僕には納得がいかなかった。ラージ球では飛距離が10ヤード以上も飛ばなくなるのです。これはもう僕にプロをやめなさい、といっているのと同じです」
 みんなができて僕には越えられないホールがあってはプロとしてやっていけないではないか”―。勝負の世界で飛ばさなければ生きていけないなら努力するしかない。それが勝負の世界の鉄則だろう。しかし、ある常識の中で努力していたら、突然、外からその常識をとりはずされた。杉原はドライバーの飛距離において絶対に越えられない“OB越えのショット”を、ミケルソンは数メートルのパットがグリーンの外まで転がるのを許せなかった。そんな時、ゴルファーは身を捨てて抵抗を試みる。抵抗するのであろう。

 

武藤 一彦(むとう・かずひこ)
ゴルフジャーナリスト。コラムニスト、テレビ解説者。報知新聞には1964年入社、運動部に所属、東京オリンピックはじめボクシング、ゴルフ、陸上担当。編集委員、専属評論家も務めた、入社以来50年、原稿掲載の”記録”を現在、更新中。
日本ゴルフ協会広報参与、日本プロゴルフ協会理事を経て日本プロゴルフ殿堂表彰選考委員、日本ゴルフ振興協会広報メディア委員、夏泊ゴルフリンクス理事を務める。

ゴルフは4メジャーのほか、ワールドカップなど取材、全英オープンは1975年から取材し日本人記者のパイオニア的存在。青木功のハワイアンオープン優勝にも立ち会った。1939年生まれ。東京都出身、立大出。

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