エージシューターの最高齢記録は103歳、最多記録は3359回。世界には頑強なゴルファーがたくさんいることに驚かされる。アメリカのゴルフ界で長く知られたのはプロのボブ・ハミルトンさんだ。1944年のメジャー「全米プロ」で、あのバイロン・ネルソンをマッチプレー決勝で下したチャンピオンは、1975年、59歳の年にインディアナ州の同名のコースを59、最年少のエージシューターになり、以来ギネスブックをにぎわせている。記録は2015年、59歳のパトリック・ウイルスさんが57を出しちょっぴり影が薄くなってしまったが、エージシューターのもっとも若い達成記録として今も光り輝いている。

 

 日本のエージシュートに目を移そう。
 日本のエージシュートは、プロの中村寅吉が65歳の1981年(昭和56)4月、群馬・鳳凰GCでの「関東プロシニア選手権」第1ラウンドを65で回ったのが有名だ。
 1イーグル、7バーディー、2ボギーの65。1957年、日本で初めて行われたゴルフの国際試合、「カナダカップ」(現ワールドカップ)で小野光一とチームを組んで団体戦、個人戦に優勝、その立役者となった寅さんがその24年後、再び脚光を浴びたのだった。だが、この記録、プロゴルフ界の初の快挙ではあったが、第1号ではなかった。
 日本で初めてエージシュートを記録したのは明治33年、1900年生まれのアマ、倉重清久氏、元兼松工商専務、霞ヶ関CCメンバーのトップアマである。1976年11月3日、霞ヶ関・西コースを40、37の77、年齢と同じスコアでエージシュート。これをきっかけに78歳で2回、79歳で4回と毎年、トシを重ねるごとに回数を増やし85歳までに61回を積み重ねたのだ。
 だが、寅さんの偉業はプロだったことで膨らんだ。カナダカップでやっつけたアメリカ代表のサム・スニードは米ツアーで誰知らぬ者のいないスター選手。何より息の長い選手として輝きを増し52歳でレギュラーツアーの「グリーンズボロオープン」に最年長優勝、シニアツアーとかけもちで出場した1979年、67歳のこれもレギュラーツアーの「クオードシティー・オープン」で67のエージシュートとこれもツアー初の快挙をやってのけた。
 スニードと寅さんは「サム」「ピート」(寅さんの愛称)の仲、世界中が興味津々で調べてみると「関東プロシニア」は日本シニアのメジャー大会。メジャーは一つ上のランクの公式戦だった。「ピート・ナカムラが日本のメジャー競技でエージシュートをやった」と日米で大騒ぎ。ついにはいささかオーバーに新聞、マスコミが”中村寅さん世界一のエージシュート“とぶち上げたのだった。
 自分の年齢以下のスコアで18ホールを回ることがなんでそんな騒ぎに?といぶかる人もいようが事情が分かればだれもが大拍手で迎えた。長寿で健康、さらに頑健でなくてはできないエージシュートが、人生50年といわれた時代に倉重氏、そして中村寅さんと連続、二人の存在感は驚きと称賛でむかえられたのだった。
 確かに大会は権威のある伝統の公式競技、メジャー競技初である、しかも年齢は65歳と日本最年少エージシュートの世界記録だ。この認識、冷静になればおかしいところがある。ヤーデージという距離で競技場の難易度が変わるゴルフではスニードの試合がレギュラー、寅さんのはシニア、距離的にも難易度は低いのを無視している。リンゴとミカンのどちらがうまいかを争うようなもので、その比較にはちょっと無理があるのだが、寅さんとスニードだ、と騒ぎが疑問を吹き飛ばしたのだった。
 そして中村は、案外知られていないが、1972年2月、沖縄の大京CCでの「沖縄TVカップ」(6,380ヤード、パー72)に56歳で出場、6アンダーで回りレギュラーツアー優勝、時に56歳5か月と4日。大会は2日間54ホールの忙しくタフな試合だったが、レギュラーの最年長優勝記録を樹立している。スニードのグリーンズボロ優勝とそん色ないキャリアである。
 寅さんは67歳のときにも66、71歳で68、1990年、74歳の「日本ゴールドシニア」では71と生涯で4回のエージシュートを記録した。

 

 シニアの最高齢エージシューターは小針春芳の85歳。2006年「関東プロゴールドシニア」(キングフィールズ)を84で回った。小針は71歳で初エージシュートを記録、これまで24回のエージシュートを数える。75歳のとき「日本プロゴールドシニア選手権」(川奈)を68でまわり年齢との最大差7アンダーの最大差記録を長年維持していたが、この記録は2016年、76歳の古市忠夫が「ユニデンゴールドシニア選手権」(サザンクロスCC)を67でまわり、9アンダーと塗り替え2018年7月現在の最大差記録となっている。

 

 エージシュートはいま、シニアツアーの最大の目玉商品となろうとしている。なぜなら世界は高齢化社会、元気で長生きは国の最重要課題だ。シニアツアーは時代の担い手となって日本の健康を引っ張っていかなくてはいけない。日本の元気はゴルフから。その先頭にゴルフ界は立って行かなくてはならない責任ある命題を与えられようとしている。こんなデータがある。エージシュート最多獲得は小野光一の27回をトップに2位小針春芳24回、3位古市忠夫21回、4位陳清波20回、日本ツアー機構の青木功会長は65歳の「日本シニアオープン」最終日に65のエージシュート以来9回を数えいまだ現役である。エージシュートの宝庫、シニアツアーは日本の健康を先頭立って推進する使命を負った。やり甲斐が時代とともに広がった。うれしい責任と受け止めて張り切ってほしい。

 

エージシュート達成トップ15
1  小野 光一  27
2  小針 春芳  24
3  古市 忠夫  21
4  陳  清波  20
4  石井 哲雄  20
6  上田 悌造  19
7  昼川三津男  16
8  謝  敏男  13
8  山田 弥助  13
10 佐藤 精一  12
10 戸川 一郎  12
12 島村 祐正  10
12 原  政雄  10
12 小川 清二  10
15 青木  功   9
15 太田 了介   9
15 松井 郷彦   9
(2017年現在)

 

 ◆田中 菊雄(たなか・きくお) 1935年3月3日、島根・松江市生まれ。83歳。神奈川・川崎市を拠点にリフォーム、食品など5社、社員400人を抱える「北山グループ」取締役会長。東京・よみうりGCなど4コース所属、ハンデ5。初エージシュートは06年8月、71歳のとき静岡・富士国際富士コースを70で回った。173センチ、65キロ。

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