◆女子プロゴルフツアー センチュリー21レディス 第2日(27日、埼玉・石坂GC=6470ヤード、パー72)
4位スタートの金田久美子(29)=スタンレー電気=が、4バーディー、1ボギー、1ダブルボギーの69で回り、通算4アンダーとして3位に浮上した。首位とは2打差から3打差に広がったが、2011年のフジサンケイレディス以来、8年ぶり2度目の優勝に向けて好位置につけた。
2001年7月27日のゴルフ5レディースでツアー史上最年少となる11歳11か月で女子プロトーナメントに初出場してから、ちょうど18年。8月14日に30歳の誕生日を迎える元祖天才少女は「30歳になりたくない」と苦笑いする。山も谷も乗り越えてツアーで戦い続ける金田は絶好のチャンスにも「最終日も自分が納得するいいゴルフをしたい。自信を取り戻したい」と落ち着いた表情で話した。
1打差の2位から出た稲見萌寧(もね、19)=都築電気=が68で回り、通算7アンダーに伸ばし、首位浮上。ちょうど1年前にプロテストに合格したばかりの新鋭は初優勝を目指す。
首位から出た美人プロ原英莉花(20)=日本通運=は4バーディー、2ボギー、1ダブルボギーの出入りの激しいゴルフで72。2打差2位に後退した。
元祖天才少女は“大人”のゴルフでピンチをしのいだ。首位で迎えた14番パー4。金田は第1打を右に大きく曲げて痛恨のOB。打ち直しの後も苦しみ、第5打はピンまで15ヤード、逆目の深いラフからの難しいアプローチが残った。「トリプルボギーかな」と覚悟したが、フワリと上げたボールはピン20センチへ。ダブルボギーでしのいだことで、悪い流れを止めた。16番パー3の第1打は「きょう一番のショット」。バーディーは奪えなかったが、残り4ホールをパーでまとめ、首位と3打差の4位で第2日を終えた。
1998年、世界ジュニア選手権を、あのタイガー・ウッズ(米国)の最年少記録に並ぶ8歳で制覇。ちょうど18年前となる2001年7月27日には、まだ、小学校6年生ながらゴルフ5レディース第1日でツアー史上最年少でデビューした(79で97位)。翌2002年のリゾートトラストレディスではツアー史上最年少の12歳9か月で予選を通過。3歳でゴルフを始めてから「元祖天才少女」と呼ばれ続けてきた。10代から20代前半は「ゴルファー」と「ギャル」を合わせて「ギャルファー」を自称していた金田も8月14日に30歳となる。
「30歳になりたくない。中学生の頃は30歳でもゴルフを続けているなんて想像できなかった。25歳くらいでゴルフをやめて子供がいるだろうな、と考えていた。あの頃、失礼ながら30歳は『おばちゃん』と思っていたのに、アッという間に30歳になった」と苦笑いしながら、アッという間の年月を振り返る。
2008年にプロ転向。21歳の時、11年フジサンケイレディスで初優勝を果たした。しかし、それ以来、栄冠から遠ざかる。17年は賞金ランク62位、昨年は同56位で賞金シードを手放した。今季もここまで同73位にとどまっている。
「パーを取るのが精いっぱいだったけど、ハーフショットでライン出しの練習に力を入れて、6月のアース・モンダミンカップの頃から少しずついいショットが増えてきた」と手応えを明かす。
元祖天才少女が低迷している間に、1998年度生まれの「黄金世代」が台頭した。9歳年下の逸材たちについて「本当にすごいと思う。飛ぶし、うまいし、攻める。若いっていいですね」と屈託なく話す。反抗期だった高校時代、父でコーチの弘吉さん(76)と衝突し、練習をさぼっては夜遊びを重ねていた“幼さ”は消え、すっかり“大人”になった笑顔を見せた。
18年前のツアーデビュー当時から、18ホールを歩いて応援を続ける弘吉さんは「私も年を取りましたよ。年々、歩くのがしんどくなってきた。特にきょうは暑かったから、きつかった」と柔和な表情で話した。「競技ゴルフを始めて25年か。久美子は頑張っているよ。女性としても、ゴルファーとしても、幸せな人生を送ってほしい。今、私の願いはそれだけです」。まな娘を見守る目は常に優しい。
首位の稲見は10歳下。2位の原英は9歳下。8年ぶりの2勝目を目指し、若いライバルと争う最終日に向けて、あくまで冷静だ。「まだ、納得できていないからゴルフを続けている。明日も納得をするゴルフがしたい。目標はそれだけです」。キンクミの言葉と表情に迷いはなかった。