田中さんの胃にポリープが見つかったのは6月中旬の定期検診だった。「痛みもなく、自覚症状もなかった。簡単な手術ということだった。ポリープなら取ってしまえばよい」と手術に踏み切った。6月19日、手術は5時間半に及び、その後、点滴生活が数日続いた。ベッドに上向きで寝て何もしない生活。ようやく退院が決まった6月下旬、始めて自分の足で立った時はうれしかった。ベッドから降りほっとした直後、田中さんはその場で無意識にパッティングの素振りをしている。「それがね」と報告してくれた。「エージシュートのことがずっと頭を離れなかったのですね。アドレスし何度かパットの素振りをしていた。ゴルフをしたかったんですね」と照れるのであった。
コロナ禍の影響でお見舞いは、はばかられるので電話でするしかない。話題はゴルフのことばかり。そんな1日、スコアメイクについての田中流が披露された。私はね、と話したのはうんちくにあふれる内容だった。
「スコアメイクはメンタルコントロールに秘策あり。私はねラウンドの目標スコアはスタートから3ホールを単位にスコアメイクします。1番から3番、4番から6番、さらに7から9番と3ホールをひとくくり。そして各3ホールでボギーは2つでおさめる。こうして、インもすべて3ホール2オーバーで回ればアウトで6オーバーインも6オーバーの1ラウンド84。めでたくエージシュートです」。88歳の3ホール、2オーバー作戦なら84、目標の88に4打も余裕がある。途中、ダブルボギー、時にはトリプルをたたいても「そうして3ホール単位でスコアメイクできると、次の3ホールで頑張ろうという気持ちで余裕をもってプレーできます。大たたきしても4打も余裕がある」
88歳の田中さんなら84のスコアならエージシュートに4アンダー、あと4打スコアが増えても88でエージシュートは成功だ。
「ゴルファーの多くの皆さんは、18ホールを88とか、100で回ろうとラウンド単位でやることが多いが、実はこれが一番難しい。出足でつまずきたたくとそれで1日が終わってしまう。だが、3ホールに分けて2ボギーを目標にすれば目前のホールに集中できる」
こんな根拠があるという。「プロは目前のパーに集中するからバーディーも生まれる。18ホールを4アンダーなんてやってないでしょう。目前の1ホールに集中しパーをめざすからバーディーがでる。ダボをたたいてもバーディーが出ればまたやる気が出る。その方がプレッシャーがない、集中できる。大たたきしないしうまくいくとビッグスコアが出ます」転んでもただで起きない田中さん。
入院、そして手術という大ピンチを経て名人がラウンドを再開したのは7月2日。”待望の”エージシュートのカムバックラウンドは5日、ホームコースのよみうりGCを85、年齢を3打上回る、3アンダー、手術後初のエージシュートで通算1205回目を見事クリア。これで波に乗ると月末までにエージシュートは7月だけで計15回は、3月3日、88歳になって今季の月間最多となった。災い転じて福とする名人。エージシュートはその通算回数を1219回と一気に伸ばし力強く再発進した。
◆田中 菊雄(たなか・きくお) 1935年3月3日、島根・松江市生まれ。88歳。神奈川・川崎市を拠点にリフォーム、食品など5社、社員400人を抱える「北山グループ」取締役会長。東京・よみうりGCなど4コース所属、ハンデ5。初エージシュートは06年8月、71歳のとき静岡・富士国際富士コースを70で回った。173センチ、65キロ。