驚異のエージシューター田中菊雄の世界33 武藤一彦のコラム─エージシュート名人に学ぶ発想の転換、目的を持つとゴルフは変わる、自分だけの概念を持つ


 82歳の誕生日にめでたく82を出した田中さんのエージシュート人生は新たなスタートを切った。日ごろ、人生の節目を大事にする人だが、ホームコースの一つ、千葉・木更津GCには前日から出かけ1ラウンドをこなし、その夜は木更津のホテルに宿泊、仲間と誕生日を祝った。

 

82歳初エージシュートの田中さん(右)木更津GCで

82歳初エージシュートの田中さん(右)木更津GCで

 前日の3月2日は冬の雨と風だった。コースには他に5組のゴルファーしかいなかった。さすがの田中さんも86をたたいた。だが、スコアと取り組む姿はひたむきでその姿には心打たれるものがあった。そう、誕生日の前日は81歳最後の日、これも田中さんにはかっこうチャンス。エージシュートを目指す大事なモチベーション、戦いの場だ、と平然としている。いつに変わらぬ真剣なプレーぶりに変わりなかった。そして迎えた翌日の誕生日、スタート直後3オーバーとピンチを迎えながら中盤、我慢のゴルフで耐え、上がり4ホールで5オーバーしながら82のエージシュートを達成した。見事だった。

 

 雨が降れば雨を恨み、スコアが悪ければ風のせい、ゴルフは言い訳のゲーム。

 

 だが、一切言い訳をしない田中さん。内面の強さはプロ並みである。ゴルフは遊びだ、楽しくやるものだ、という人に限って大たたきすると怒り、キャディーに当たったりする人はみにくいが、名人はあくまで真正面からゴルフに取り組んでさわやか。したたかでうまい。この強さの秘密はどこから生まれるのだろうか。

 

 エージシュートを目指したきっかけは64歳の時。そのキャリアで最も達成回数の高いホームコース、東京・稲城のよみうりGCのインを4アンダーの32で回って「ハーフを4アンダーなら、あとハーフも32なら64。エージシュートシュートは夢ではない」とひらめいた。

 

 「そのころはクラブ競技に出て競技一辺倒。がむしゃらに飛ばし、スコアを目指すばかりだった。ハーフとは言え、ボギーなしのラウンドで32は、発想の転換につながった。距離のあるチャンピオンティーから力んでイライラしてやっていた。じゃあ、スコアにこだわってやってみるか、と見ると白ティーがあるじゃないか。おお、あそこから打ってみよう。すると気が楽になりショットが良くなった。余裕が出るとそんなことも考えられるようになっていた。スコアを出すにはメンタル面を強くしないといけないな。プレッシャーに弱いのは自信がないからだ、それなら距離のない白ティーでやってみよう、の3段論法。そんな自分だけの概念を作り上げたのです」。

 

 極端な発想と冒険心。そんな言葉が浮かぶ。「目的を持つとどんどんゴルフが変わっていった。なんぼ材料を持っていても考え方が同じじゃ変わりません。ゴルフは人生とオーバーラップするといわれるが、仕事と同じだ。経験したことが生きてくるのです。バーディーを入れたければ1回入っただけで満足せず、アベレージで入れようと考える。穴があるから入ると思う。一回入ったら、2回目があると期待するのです。ダブルボギーが出たら、いま出てしまってよかった、と思う。これで悪いものは出してしまったと、ね。いい方、悪い方あるスポーツだからこそわかって付き合う。それを繰り返していると1打の恐ろしさがわかってくるのです」。

 

 ◆田中 菊雄(たなか・きくお) 1935年3月3日、島根・松江市生まれ。82歳。神奈川・川崎市を拠点にリフォーム、食品など5社、社員400人を抱える「北山グループ」取締役会長。東京・よみうりGCなど4コース所属、ハンデ5。初エージシュートは06年8月、71歳のとき静岡・富士国際富士コースを70で回った。173センチ、65キロ。