驚異のエージシューター田中菊雄の世界52 武藤一彦のコラム─エージシュート200回もすごいけれど、33コースでエージシュートをやってのけるコースの読解力の確かさも名人の強さだ


 エージシュート200回という未曽有の記録を達成、その記録がどこまでのびるか注目される田中さんだが、快挙の陰の隠れた快挙がもうひとつある。33のコースをことごとく制覇してのエージシュートである。ゴルフコースは海岸沿いのリンクス、林の中の林間コース、丘陵地の山岳コースとどれ一つ同じものはない。そうした中で自分の年齢と同じかそれ以上をめざすのは口で言うほどやさしくはない。田中さんは一体何をやったのだろうか。ゴルファーなら誰でも知りたいその秘密を探るとー。

 

 エージシュート達成コースとその回数を一覧にまとめてみた。(別表、参照)

 

 最も多いのはまさに田中さんの庭、よみうりゴルフクラブの114回だ。そして隣接してある兄弟コースの東京よみうりCCが17回、合わせて131回と圧倒的にエージシュートの回数はホームコースが舞台だ。この2コースは35歳で初めてゴルフを始めた、レイトゴルファーの田中さんが、毎週末、通い続けたホームコース。こう見るとコースを知っていることが有利であることが一目瞭然だ。
 だが、78歳を過ぎて俄然、迫力を増したのはコースの読解力だ。読み解く力である。
 そもそもエージシュートはメンバーシップコースの会員たちの中から生まれた価値観だ。健康志向の高い、シニアゴルファーが、年齢を重ねながら体力を維持し高いレベルを保つ。そうした価値観が趣味の世界で尊重され、競技会も定期的に開かれ競争心も芽生える。遊びではなくアスレティックな一面もみがかれた。

 

 そうした中でコースと戦い地形や芝、風の対応を身に着けたのは田中さんにとっては大きな財産だった。

 

 「同じコースを廻っていればコースの癖もわかるし好スコアが出て当然と思いがちだが、ゴルフは慣れれば簡単というのはうそ。むしろ風向きや芝、グリーンの癖がわかった時点で僕には難しくなったのがゴルフだった。」という。50歳を過ぎ、60歳を過ぎたある日、ハーフを32で回った。“ほう、あとハーフを32で回れば64か”と思った。田中さん64歳のときだった。「64で回るとエージシュートなんだなあ、と思った。それがきっかけだった「64で回るにはすべてを変えなければならない。目的を持ち、極端な冒険もしなくてはならない。」練習場通いはやめコースを練習場に大胆にスイングを変えた。 攻めの姿勢を貫いた。力んで曲げて苦戦した反省から100ヤードを確実に打つ練習をした。3打で寄せてもパーはパーだ。
 71歳の時、初めて70のエージシュートが出た。2度目は73歳、それからはどこのコースでも立て続けに出た。
 こんな経験をしている。仕事もいい回転を見せ息子たちに任せ木更津GCと故郷の島根GCにコースを持った。それぞれ2014年、2016年、79歳と81歳の時にメンバーとなり、木更津は初出場の月例競技会で年齢と同じ79。島根は競技会初出場で、3オーバーの75のベスグロ優勝だった。「81歳だからエージシュートに6アンダーの自己2番目のアンダー記録で興奮した。自分の年齢と同じスコアで回る、という目的が、やっているうちにもっといいスコアを、と欲が出た。一言でいうと集中力です。エージシュートという目的があるので迷いがない。10センチのパットも250ヤードのショットも1打は1打と考えられた。ショートパットを外すこともあれば100ヤードからのショットが入るイーグルもある。ゴルフの神様がこのパットを入れてあげようと笑ってくれるようにするのはゴルファー自身だ、とそんな風に考えられるようになりました」―
 「ゴルフはパーおじさんとの戦い」といったのはボビー・ジョーンズ。全英、全米アマのタイトルを手にしたアメリカの伝説のトップアマは、全英、全米両オープンの4大タイトルを1930年、1シーズンに一挙に手にした。ゴルフは人と争うのではなくそのホールの規定打数との争い。北は北海道から、南は九州までのコースを相手にエージシュートという規定打数と戦う田中ゴルフ。球聖ジョーンズの教えが生き続けたくましい。

 

 〇エージシュート達成コースと回数
  よみうりGC 112回
  東京よみうりCC 17回
  木更津GC 24回
  桜が丘CC 7回
  相模CC 3回
  島根CC 2回
  箱根CC 2回
  エンゼルCC 2回
  釧路CC 2回
  草津CC 2回
  レイクウッドGC 2回
  以下は各1回
  程ヶ谷CC 森永高滝CC
  グレートアイランド
  湯の浜CC 三島GC
  レインボーCC 源氏山GC
  川崎国際生田 葉山国際CC
  ベルビーチGC(沖縄)CPGCC
  東京五日市CC 相模原GC
  グランフィールズ 中条CC
  戸塚CC 富士国際
  富士CC 宮の森CC
  大社CC 太平洋江南
  成田GC

 

 ◆田中 菊雄(たなか・きくお) 1935年3月3日、島根・松江市生まれ。82歳。神奈川・川崎市を拠点にリフォーム、食品など5社、社員400人を抱える「北山グループ」取締役会長。東京・よみうりGCなど4コース所属、ハンデ5。初エージシュートは06年8月、71歳のとき静岡・富士国際富士コースを70で回った。173センチ、65キロ。