「今のはバックスイングが浅さかったなあ」ショットがうまくいかないと名人もつい、愚痴が出る。ベン・ホーガンはその生涯でついぞ、愚痴を言わなかった、とモノの本にあるが、古来、ゴルフは、愚痴のスポーツ、あるいは、いいわけのゲーム、と昔の人がいったのはけだし名言である。田中さんもホーガンではないから「バックスイングがちいさかったなあ」と何度も首を振り、シャドウスイングでトップにあげた手を見つめながら反省するのを見ると”名人もやっぱ、ホーガンではなかったか“とうなずいたりしたものである。
しかし、その愚痴は、実は、愚痴ではなく、いみじくもここに述べたように反省だったのである。愚痴と反省は違う、その文学的なことはよくわからないが名人とお付き合いしているとその差がわかってくるのである。今回のテーマである。
田中さんのゴルフは明るく前向きで楽しい。エージシュートを220回もやっていながら、(そう、2017年の7月25日現在、とうとう220回の大台に乗った)うまぶらない、いばらない、怒らない、決してなげない、と、まさにゴルファーのお手本だ。そして、そのゴルフは思い切りがよく、いじいじしたところがない、そう 実に、気風(きっぷ)がいいのだ。そして1年もラウンドを一緒にすると様々なことが見えてきた。それは何か。
結論を先にいう。ミスショットのあと「バックスイングが浅い」とつぶやくとき名人はそんなミスをした自分を叱咤し、一緒の組の仲間のミスの、それが見えたとき、必ず発するのが「バックスイングが上がっていない」という反省なのである。エージシュート220回の名人ワザの秘密はバックスイングにある。
ミスショットをした後、本当に残念そうに「いやあ、バックスイングが浅かったなあ」と残念がる田中さんは同伴競技者のスイング評もその基準である。「今のショットはバックスイングがしっかり上がっていなかった。もっと思い切って後ろを大きくしたらしっかりインパクトにパワーが溜まる。後ろが小さいとそのエネルギーがないからヘッドスピードが上がらないのです。もっとしっかり振り上げてほしいね」と助言が飛ぶ。ティーショットで、セカンド地点で、「当てようとしているからどうしてもバックスイングが浅くなってるぞ」そんな助言が自分には叱咤、他人には愛情こもる励ましとなって送られるのだ。それは、アプローチ、バンカー、そしてグリーン上でも顕著だ。
中でも1打の重みが最もはっきり認識されるグリーン上、ヘッドがしっかり上がっていないパットは田中ゴルフにはあってはならない大ミスである。
10メートルのロングパットを2メートルもショートしたとき、その声は確かに実感として感触があるからよくわかる。しかし、触っただけで2メートルも行きそうな下りの早いラインでもバックスイングはフォローより絶対に大きくないと失敗なのだ。「インパクトが緩むパット、ラインを外れてばかりいる人のパット。みんな後ろが小さいために起こるミスだ。スイングの中で一番小さく、微妙なフィーリングを要求されるからこそしっかり打つ。後ろが大きければ球を打つ力は緩まない、いい転がりとはいいショットと同義語です。これがわかるとショットの時、いかにしっかり上がったバックスイングが、大事かがわかるはず。ゴルフはその追求とその繰り返し」-田中ゴルフの主張と実践である。
「あがったものは下りてくる。しかし、上がらないものは下りようがない」-
こんな名言を吐いたのはあの青木功だ。田中名人は青木の弟子でも何でもないが、言おうとしていることは同じ、やろうと目指すところも同じである。安定した強いゴルフを実践した青木と、スイングの肝(きも)はバックスイングにありとエージシュートの現役の田中さん。しっかり上げるから強い球が打てる。その実践はさらに次回で。
◆田中 菊雄(たなか・きくお) 1935年3月3日、島根・松江市生まれ。82歳。神奈川・川崎市を拠点にリフォーム、食品など5社、社員400人を抱える「北山グループ」取締役会長。東京・よみうりGCなど4コース所属、ハンデ5。初エージシュートは06年8月、71歳のとき静岡・富士国際富士コースを70で回った。173センチ、65キロ。