驚異のエージシューター田中菊雄の世界82 武藤一彦のコラムークラブ対抗、最高齢出場を狙って滑り出した名人の戦いがはじまった


 田中さんは超多忙である。東京よみうりCCのクラブ対抗チーム12人に選出された田中さんだが、5月21日の関東倶楽部対抗東京大会(桜ケ丘CC)に向け、選手団としての日々が始まった。この先、約10週間余、毎日曜と祭日はゴルフ漬けを強いられる。

 

 倶楽部対抗は関東地区の倶楽部が団体戦で争う大会。1935年創設。今年も400余のチームが参加する。練習ラウンドというと気楽に聞こえるが、実は12人を正選手8人に絞る、代表選手選考会を兼ねている。東京よみうりでは10ラウンドの成績の上位8人が正選手に選出される。

 

 練習ラウンドの形式について、少し触れておくと、日曜日恒例のクラブ競技と連係しているところなどは、興味深い。クラブの代表を選ぶシステムがアットホームで温かみがあって良いのだ。第1回目の練習ラウンドは4月1日に行なわれ、この日は結団式もかねていたので選手12人と役員だけだったが、以後のラウンドは理事長杯、グランドシニア選手権、子供の日杯といった倶楽部の公式競技が「練習兼代表選考ラウンド」となっている。そういう中でわがチームの代表を選び、他のメンバーが励ましたり応援したりすることで、メンバー同士の一体感、連帯感が生まれる。ゴルフを通じて集まった仲間だけにさらに強い意識が芽生えるというわけだ。世界でも珍しい日本独自の大会が100年近く綿々と続く所以、よい伝統といっていいだろう。

 

 田中さんは充実している。71歳でクラブ対抗代表に選ばれ、周囲をあっといわせたが、その時は代表選手には選ばれなかった。それが83歳の今回だ。実に11年ぶりに代表入り。「前の時はまだアスリートゴルフの端くれにしがみついていたので選手になれずちょっとがっかりしたものです。研修会には以来、名を連ね参加していますが、気持ちとしてはあきらめムード。エージシュートに気持ちを入れてやっていたら、11年も経っての今回でしょう?誰が驚いたといってこの私が一番びっくりしている」
 だが、びっくりしているといいながら、目が据わっているのはどうしたことだろう。実は代表選手入りは前回の時より可能性がある。田中さんの代表入りは諸々のデータによると明るい材料にちりばめられている。
 第1は田中さんの研修会の成績である。昨年1年間のデータで代表チームはトップ12人を選んだが、その根拠となった年間総合成績で田中さんは6番目だった。特筆されるのはバックティーから回った東京よみうりの研修会をエージシュートに1アンダーの81でラウンドしたのが2回もあった。40代バリバリの若手を相手に82歳で1回はベストグロスで優勝、もう一回は4位だった。

 

 この快記録もふくめ昨年、達成したエージシュートは90回。自己の年間最多記録だった。また、エージ(年齢)に対するアンダーパー記録は8アンダーの74(木更津ゴルフクラブ)だった。

 

 さらにチーム戦の仕組みである。チームはA、Bの2クラスで構成されAクラスは55歳以上、Bクラスは55歳以下に分かれ各4人ずつの8人で構成される。55歳以上限定の条件は“トシに負けない”田中さんの正選手入りには明るいのである。とはいえ、勝負の世界は何が起こるかわからない。すべては田中さんの頑張り次第。
 「ハイ、わかっております。でも私ほど運の強いものはおりません。がんばりま~す」-屈託なくおもしろがるところがこの人の武器でもある。

 

 ◆田中 菊雄(たなか・きくお) 1935年3月3日、島根・松江市生まれ。83歳。神奈川・川崎市を拠点にリフォーム、食品など5社、社員400人を抱える「北山グループ」取締役会長。東京・よみうりGCなど4コース所属、ハンデ5。初エージシュートは06年8月、71歳のとき静岡・富士国際富士コースを70で回った。173センチ、65キロ。