「常に自分よりちょっと上の人を師と仰ぐ」-ゴルフにおける田中流のモットーである。
ゴルフはラウンドの時、必ず同伴競技者がいる。多くは気の置けない仲間たちだが、田中さん、自分より上のレベルの人がいると俄然、ファイトを燃やす。例えば、若い飛ばし屋のローハンデがいると、自分と同じ白ティーでは打たさない。バックティーに追いやって、自分との調整を図る。「若いのだから君たちは後ろのティーで苦労しなさい」というわけだ。飛ばし屋でローハンデのシングルプレーヤーの3人の息子たちとのラウンドなどはそれで、若者たちを後ろのティーに追いやり自分は白ティー。それでドライバーの飛ばしっこをして勝った、負けたとやっている。
「280ヤードも飛ばすプロや若い人と同じティーでやってもお互い進歩はない。全力で違うティーから距離を争い、セカンド地点で同じ場所から打つ。当然そこからのショットが参考になり、ゴルフの深さが味わえます。まずアイアンの技術が上がり、アプローチやパットが同じレベルでやれる。ゴルフが上手くなります」ゴルフは2オン2パットもパーだが、3オン1パットもパー、内容は問わないスポーツである、自分流を貫けという田中流思考の実践がここにもある。
実は田中さんにはコーチがいる。女子プロの浪崎由里子さん。高校時代を豪州留学で過ごし日本でプロ入りの78期生だ。38歳のトーナメントプロと80歳を過ぎたエージシューターは2年前、あるプロアマ大会で知りあった。スイングとその飛距離を見て「とびますねえ」と驚きの声を上げたのが浪崎プロ。自分よりかなり上手いが女性なのでちょっと上の師との出会いだった。
田中さんのエージシュート数は80歳を過ぎ年々増えているが、「プロのおかげ」という技術的なきっかけがあった。あるときプロはいった。
「左肩はすとんと落とすのですよ、トップから左肩を沈むように落としましょう。たたきに行ってはいけません。顔を残してクラブが立つように落とす。するとクラブが同じところに入る。インパクトでターンし、球がまっすぐに行きます。スイングは一つですよ」
その言葉は金科玉条となった。
フックスタンスでフェースをかぶせ目標に向け、インパクト即フィニッシュ、とたたく田中スイングだ。飛ばしたいとき、ここ一番という勝負の時、田中ゴルフは、フェースをかぶせ、インサイドに引き力を込める。低く打ち出し、ランで飛距離をかせぐ独特の世界が基本だ。しかし、プロの目にはそれが欠点と映った。「バックスイングで力が入るために切り返しが乱れ、そのためインパクトが不安定になっている」(浪崎プロ)。
ゴルフはフィーリングの世界、感性という独自の感覚も存在して難しい。直していいものかどうかと迷ったに違いない。しかし、それでも、クラブは上から入らなければならない大事な技術だった。思い切って伝えた。効果は抜群、田中ゴルフは見違えるようによくなった。「バックスイングが安定したことでボールの位置を左かかとから中へ移すだけで距離を合わせることができるようになった。アイアンがしっかり打てるとゴルフに無駄がなくなりました」エージシューターは師匠つくりの名人。人を見る目も鋭い。
◆田中 菊雄(たなか・きくお) 1935年3月3日、島根・松江市生まれ。83歳。神奈川・川崎市を拠点にリフォーム、食品など5社、社員400人を抱える「北山グループ」取締役会長。東京・よみうりGCなど4コース所属、ハンデ5。初エージシュートは06年8月、71歳のとき静岡・富士国際富士コースを70で回った。173センチ、65キロ。