新型コロナウイルスによるスポーツ界への影響は計り知れない。五輪は延期され、プロスポーツは軒並み無観客試合、ゴルフツアーも甚大な被害を受けた。そんな中だが、田中さんのエージシュートは快調に回数を伸ばした。猛暑の8月、月間25ラウンドをこなし25回すべてのラウンドでエージシュートを達成する自己初の連続エージシュートを達成した。
数々の記録で驚かせる85歳だ。全ラウンドがエージシュートというのは初めての快挙。8月は完全休養日と決め仕事をする土曜日の5日間とあと1日の計6日間休んだだけ。あとは自宅から30分のホームコース、よみうりGCで23日間プレー、千葉・木更津CCに2日の25日間、ゴルフ場に通った。「コロナで外出自粛だが、コースに出ればあの広いコースで4人だけ、コロナも追いかけてきません。健康のため始めたゴルフをやめてなるものかと頑張っている。ゴルフ場の従業員の誰よりもコースに居る日数が多い、と冗談で言われています」と笑うが、確かに閑散としたコースでその周辺にはエネルギーが満ち溢れている。
年齢を重ねるごとにエージシュートは増えている。80歳を過ぎ、エージシュートは加速度的に増え続けた。年齢がハンデキャップのエージシュートゴルフだ。誕生日が来てハンデが増えれば、腕さえ鈍っていなければ1打不足で失敗だった記録がうれしいことに成功例となる。「1打足りない悔しさは口には出さないが、本当に悔しいものだ。これまで合わせて100ラウンド、いやもっと、1打不足の失敗があった。ところが80を過ぎ、元気を維持、心身の衰えをクリアしてからは、1打多くたたいてもエージシュートだ。元気で長生きという条件さえ整えれば、年を取った分、過去の失敗が上乗せされ、返ってくるのです。頑張らない理由はない」という。20年3月3日、85歳の誕生日を迎え、誓いをたてた。「今年中にエージシュートを700回やろう」-
毎週火曜日に必ず集まる「火曜会」は年50回開催、もう10数年続いているクラブ会員の長寿コンペ。同じ亥年(イノシシ年)生まれの「いのしし会」、古い仲間の「芝刈会」。それに住居のある神奈川・川崎市の町内会コンペ、出身の島根の県人会の集まり。「エージシュートは、月イチ,週イチのゴルフでは難しい。回数を踏んで慣れ親しむことでスコアメイクのコツがつかめる。ある程度は体に無理を強いても連続してラウンドしている」田中さんだ。
仲間たちは応援団。一緒のラウンドに付き合ってくれるが、連日、疲れも見せずにコースを駆けまわる田中さんを見ると、つい「やはりトシなんだから無理するな」そこはシニア同士、遠慮なく体に気を使ってくれている。 だが、そんな声を田中さんは即座にはねのけていうのである。
「年取っているから無理するな、心身が固くなっているのだから無理はだめというが、プロの言う、スクエアスタンスで大きなスイング、力で打てというゴルフはできません。そこでフックスタンス、オーバースイングオーケーと横峯さくらスイングが手本。軽いクラブはスイング軌道が狂いやすいから重くして、それでも足りなきゃ鉛を貼って、クラブの力をインパクトで下に働かせる。そんなことをやっていると1年はあっという間だ。俺には短い時間しか残ってない。あとゴルフ何回やれるか。さあ、今日もゴルフだ、とやっていくのです」ともう勢いは止まらない。クラブを下に働かせるとはダウンブローのこと。とにかく“すくい打ち”はご法度だ。
8月、まわった25ラウンドのすべてを全部エージシュートの連続を記録した田中さん。3月3日の85歳の誕生日以降、実に8月末まで150ラウンドを回り、内120回がエージシュート。実にエージシュート成功率、実に80%である。ちなみにその間の5月のラウンド数、28ラウンドは月間最多ラウンドの自己記録だった。記録は破られるためにある。いや、破るべきものなのである。
◆田中 菊雄(たなか・きくお) 1935年3月3日、島根・松江市生まれ。85歳。神奈川・川崎市を拠点にリフォーム、食品など5社、社員400人を抱える「北山グループ」取締役会長。東京・よみうりGCなど4コース所属、ハンデ5。初エージシュートは06年8月、71歳のとき静岡・富士国際富士コースを70で回った。173センチ、65キロ。