驚異のエージシューター田中菊雄の世界193 武藤一彦のコラム


 7月4日、田中さんと久しぶりに同組でラウンドすることができた。これまで経験をしたことのない波乱のラウンドとなった。気温35度を越える今年最も厳しい暑さの中、ホームコースのよみうりゴルフクラブのインからスタートした。その第1ホールの10番だ。田中さんはグリーエッジをわずかにショートした所からピンまで約8メートルをパターでねじ込むバーディー。次いで11番ロングホールをパー、さらに12番打ち下ろしのパー3を絶妙のウエッジショットで3メートルにつけ、2つ目のバーディー。あっという間に3ホールで2バーディー、2アンダーの好スタートを切って見せた。

 

 田中さんとは20年余に及ぶ長いおつきあいだが、猛暑の中、背筋に冷たいものが走るほど身が引き締まった。“この人はどういう人なのだろう”とつぶやいていた。これが89歳の超ベテランのやることなのか、そんな感慨である。バーディー、パー、バーディー、3ホールで2アンダーなどというプロでもはしゃぎたくなる好スタートを切る89歳に、驚きを新らたにするこの頃だ。

 

 快挙にいとまがないとはこのことだ。が、失敗しても絵になるのだから田中さんはすごい。続く3ホールに入ると、なんと、田中さんの調子が狂った。
 スタートして4ホール目の13番のパー4だった。サブグリーンのバンカーに2打目を入れた田中さんにトラブルが見舞った。サブグリーン越えのバンカーショットは2回、打っても出ず、5オン2パットのトリプルボギーの7をたたく。続く、直後の14番パー5はグリーン手前80ヤードからの第3打をシャンクし、球は右OBのささやぶまで飛んで9の大たたきだ。ロングホールの7がダブルボギー、8はトリプルボギーというのは誰でも知っているが、パー基準を4打も上回るスコア9は「クオドルプル・ボギー」というが、そんな知識をひけらかしてもどうにもなるまい。若いキャディさんが「こんな田中さんのミスを初めて見てしまった」とシュンとして今にも泣きそうになった。
 痛い躓きだった。好スタートは一気に消え、ハーフを終え44は痛かった。
 だが、89歳がこの日エージシュートを達成するには、89以下のスコアがノルマだ。そのためには“スコアの無駄遣い”は極力避け、午後は45以下のスコアがノルマとなって田中さんには微妙なプレッシャーがかかったが、そこは勝負師、切り替えて対処したのは午後のラウンドだった。

 

 いやな予感は、残念ながら当たった。午後、注目のアウトコース。田中さんは1、2、3番を3連続ボギー、5、6番とダブルボギーを連発、スコアは立て直せなかった。残り3ホールを3オーバーならエージシュートに1打不足となる大ピンチである。厳しい状況となった。アウトコースの上り3ホールはタフでな有名。案の定、7、8番はボギー。エージシュートはこの日の最終ホールとなる9番をパーで上がらないとエージシュート成らず、という厳しい状況に陥った。だが、ここで踏ん張るのが田中ゴルフである。
 上りホールの9番はコース屈指のタフな最終ホールだ。だが、田中さんは見せた。ドライバーを240ヤードは飛ばした後、180ヤード先、登りのグリーンに9番ウッドで狙った。何が何でもパーをとらないとエージシュートは達成できない、勝負のショットはピンを目指すがグリーン手前、ピンまで20ヤードを残して止まった。ボールは残り20ヤードほど、夏の長いラフにボールが隠れてライは微妙だ。寄せてパーならエージシュート達成、ボギーならエージシュートはお預けとなる状況。アプローチは1メートル半、ショートした。運命の上りのパットはしっかりと打たれ真ん中から入った。会心のパー奪取である。午後は45。トータル89、エージシュートを達成である。エージシュート生涯記録は通算1392回である。

 

 2024年、エージシュートは1月に3回、2月に6回と低迷した。だが、3月3日、89歳の誕生日を迎え俄然勢いを増した。3月、エージシュートは月間25回を数えた。以来、4月は26ラウンド中、23回。5月は29ラウンド中22回、6月も22回を数えた。
 「3月3日の誕生日に1個、トシを増やして89歳。いましかゴルフができないと情熱を燃やしてやっている。70歳でエージシュートを初めてやってゴルフのとりこ(虜)になった。エージシュートをやるとみんなが応援してくれ友人も増えて生きがい。毎年、3月3日に1歳、年を取るたびに情熱が増している。35歳で始めたゴルフだが、人生を支えてくれている。生きがいである」と感謝を惜しまない。

 

 「ゴルフは天気が良くないとできないが6月29日にはこんなことがあった。」と明かした。「よみうりゴルフを前半40で回った。午後、雨が激しくなりグリーンに水が出てプレー不能になりそう。すると同伴の人たちがバンカー慣らしを手にして、たまった水を外に押し出して助けてくれるんだ。もう感謝しかなかった」
 7月1日、自らが会長を務める日本エージシュート・チャレンジ協会の例会が東京・桜ケ丘CCで開催され120人余が快挙を祝うとただ一人42、46の88のエージシュート達成、自らの快挙1390回を祝った。夏は毎年エージシュートの季節と張り切っている。昨年は7月に15回、8月は月間自己最高記録の27回のエージシュートを記録してやる気満々である。夏、エージシューター田中さんの季節が開幕した。

 

 ◆田中 菊雄(たなか・きくお) 1935年3月3日、島根・松江市生まれ。89歳。神奈川・川崎市を拠点にリフォーム、食品など5社、社員400人を抱える「北山グループ」取締役会長。東京・よみうりGCなど4コース所属、ハンデ5。初エージシュートは06年8月、71歳のとき静岡・富士国際富士コースを70で回った。173センチ、65キロ。