尾崎将司お別れの会 往年のライバル・中嶋常幸「日本のゴルフ界に革命を起こしてくれた人」「アマチュアの頃からあこがれていた」


献花した中嶋常幸(カメラ・今西 淳)

献花した中嶋常幸(カメラ・今西 淳)

 昨年12月23日にS状結腸がんのため、78歳で死去した尾崎将司さん(本名・尾崎正司)のお別れの会が16日、東京・千代田区の帝国ホテル東京で執り行われた。ゴルフ界、野球界、芸能界などから約1000人が参会して日本男子プロゴルフツアーで歴代最多94勝を挙げ、12度の賞金王に輝くなど「ジャンボ」の愛称で人気を博した故人をしのんだ。

 ライバルとして長年にわたり、優勝や賞金王争いを繰り広げたツアー通算48勝の中嶋常幸(71)が献花後に取材に応じた。「優勝争いをした試合を思い出しますよね。いろんなシーンがあるんだけど、勝った試合もあれば、負けた試合がたくさんあったし。ジャンボのすごさはどこにいっても、何があっても決めてくる。そういう特別な存在でしたよね。僕がアマチュアの頃からあこがれてた人でもあったし。あの飛距離と明るさと、ああいうゴルフをしたいなと思っていましたね。パワーゴルフの幕開け。本当に日本のゴルフ界に革命を起こしてくれた人ですよね」とジャンボさんの功績をたたえた。

 1970~80年代にツアー通算51勝の青木功、同94勝の尾崎さん、同48勝の中嶋の3人で「AОN」として長らく日本ゴルフ界のトップに君臨し、黄金期を築いてきた。「常に勝とうと思って努力することが、大きな壁として立ちはだかってくれたし。その壁も止まっているでなくて、前に進んでいる壁だったから。僕らとしてもその壁にぶつかっていく、追い越していくことが楽しみでもありましたよね」としみじみ語った。

 思い出に残る言葉に関しては「いっぱいあるけど、(ジャンボさんから)一番最初に掛けられた言葉ですかね。僕が19歳の時に掛けられた言葉なんですけど。『体を鍛えるんだぞ』と。『やっぱり体を作ってこそのスポーツ選手だ』と。彼の言葉がなかったら、自分も頑張れていないと思うし。あの人がいたからこそ、これではダメだとか、体をもっと強くしないと、技術をもっと作らないといけないと思えましたし」と、かけがえのない存在だったことを明かした。

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