もしあの時…。全ての人間に存在する、人生における岐路。日本ゴルフ界の新ヒロインの競技人生は6年前、12歳の時に意外な著名人が世界に衝撃をもたらした、まさかの事態によって大きく左右されていた。
昨年10月。女子ゴルフの国内最高峰のメジャー、日本女子オープンで畑岡奈紗(17)=茨城・ルネサンス高3年=が、史上初めてアマチュア優勝する歴史的快挙を達成した。茨城県内のゴルフ場で働く母・博美さん(46)の影響で11歳からゴルフを始め、わずか7年目での偉業だった。
「NASA」。その名前もあり一躍、注目を集めた。スペースシャトルに憧れた父の仁一さん(51)が「前人未到のことをするような、世界で活躍する人になってほしい」と米航空宇宙局から、愛娘に「世界で通じる名前」と授けた。
ゴルフに打ち込む前、畑岡は野球や陸上にのめり込んだ。父は元陸上の選手で高校時代には、走り高跳びで茨城県大会2位に入った実績を持つ。幼い頃から愛娘の脚力に素質を見い出し、茨城・岩間中学時代は3年間陸上部に在籍させた。
転機は11年8月に訪れた。陸上の道へ進ませたかった父は、家族で初の海外旅行を計画した。夏休みを利用し、プレミアチケットを何とか手に入れ、韓国の大邱で行われた世界陸上男子100メートル決勝を観戦。ところが…。五輪、世界陸上と2大会連続世界新記録で制していた世界記録保持者の絶対王者ウサイン・ボルト(ジャマイカ)が、まさかのフライングで一発失格。「ボルトの9秒台の走りを会場で見せて、陸上の素晴らしさに気付かせようと思っていたんですが、まさかあんなことになるなんて…」。父のアポロ計画ならぬ“ボルト計画”は、一瞬で頓挫した。
運命は翌日、さらに大きく動いた。畑岡は、韓国の女子ゴルファーと現地で偶然、出会う機会があり「あれで、一気にゴルフにのめり込んでいってしまった。女の子は結局、母親にはかなわないんですかねぇ~」と父は苦笑いで振り返る。
それでも、父の遺伝子を受け継ぎ、畑岡は中学2年の時に200メートルの茨城県大会で7位に入った。中学3年で国内男子ツアー通算48勝の中嶋常幸が主宰する「トミーアカデミー」に入門し、本格的にトレーニングも開始。抜群の脚力を土台とした平均260ヤードの飛距離を武器に15、16年の世界ジュニアを2連覇した。
昨年12月には日本女子最年少で米ツアーの予選会も突破。今月の米ツアー開幕戦ピュアシルク・バハマ・クラシック(26~29日)に出場予定だ。まさに“ロケット”のような勢いで成長軌道を描く奈紗は「目標は東京五輪での金メダル」と掲げる。人類最速男のまさかのフライング失格から9年後の20年8月。リオ五輪まで陸上男子100、200メートルで3連覇を達成したボルトに代わって、畑岡が世界に衝撃を与えるかもしれない。(記者コラム・榎本 友一)