今季、沢村賞を獲得した巨人・菅野智之投手(28)と、世界ランク2位まで上り詰めた男子ゴルフ・松山英樹(25)=LEXUS=の豪華対談が実現した。2人は14年のスポーツ報知正月企画の対談で初対面。当時はともにプロ1年目を終えた直後だった。輝かしい実績を残しても「不安」や「苦しみ」、「怖さ」があるという超一流ならではの心境で意気投合。普段から連絡を取り合う仲だが、会う機会は少なく、思いをたっぷり語り合った。(取材・構成=高木恵、榎本友一、片岡優帆)
12日の「報知プロスポーツ大賞」表彰式で、約4年ぶりに対面。舞台裏では超一流同士がトークを展開した。
菅野(以下、菅)「すごいよねえ。雲の上の存在になっちゃったよ」
松山(以下、松)「そんなことないですよ。WBC、テレビで見てましたよ」
今年はともに世界を驚かせる活躍を見せた。話し始めると、いきなり考え方が一致した。
菅「僕は今でも自信なんてない」
松「僕もないですね」
菅「だって毎回不安だもん。打たれるの嫌だもん。怖いもん。だから普段の練習を頑張る。そういう気持ちがなくなったら終わりだと思う。選手として」
松「ただ、自分の思った通りにできた時は勝てる、という自信はありますね」
菅「うん。自分のベストの投球をできたら抑えられる、という自信はあるけどそれが一番難しい。だから練習するんだよね」
松山は菅野のトレーニングの様子を「ユーチューブ」で見て勉強し、走り込みを大事にしている。
松「あり得ない量。すげえなあって。300メートルを20本っていう動画を見つけて、えっ!?って思って。普段はどれくらいやるんですか」
菅「360メートルを一番多い時で30本。20本の時はタイム設定けっこうえぐいよ。65秒とか。インターバルが1分。けっこうきつい。ついてこられない選手いっぱいいるよね。若い選手で」
2人には「自分に厳しい」という共通点がある。
菅「ゴルフでさ、パープレーで回ったとしよう。ショットもパットも含めて72回打って自分の納得いくショットってどれくらい?」
松「本当の完璧を求めるんだったら、1回2回じゃないですかね。多い時でまあ、10回あったらめちゃくちゃいいスコアが出ている。相当いい状態で回れなければ無理ですね。でも調子がいい時って、それより上を目指すから、普通だったら『いい』と思えるのが『今の普通でしょ?』みたいなレベルになっていくので」
菅「それは野球も一緒。ピッチャーで1試合120球投げて、まじで完璧なところにいったのは本当に調子良くても2、3球」
松「へええ」
菅「むしろ納得いく球がない時の方が多いかな。そういう時はもう妥協するしかない。しょうがない、これくらいでいいでしょって」
松「本当は自分を許したくないんですけどね」
菅「でも苦しいよね、そうしないとね。自分で自分の首を締めてしまうから。ある程度、高い水準だからそう思えるわけであって」
松山は海外でも菅野の結果を気にして見ている。
松「いつだったかなあ。広島戦でちょっと打たれた時があって。途中まですごいいい投球で。4回か5回に4、5点取られて」【注】
菅「4月の東京ドーム」
松「すごいしんどそうやなあって思って。広島ってやりづらいのかなって。で、次の対戦で完封してて、すげえー!って思って。敵地行って普通に完封して」
菅「1―0完封だった」
松「すぐに修正してすごいなって。同じ相手じゃないですか。相手の調子も自分の調子もあるかもしれないし。嫌なイメージとか残っていないのかなって」
菅「めちゃめちゃある。嫌だもん。でもやっぱり技術。気持ちのせいにする人っているけど、絶対違うから。絶対技術。100%」
松(うなずく)
4年前の菅野との対談。松山は「精神が支え。強い精神力があるから他がついてくる」と話していた。
松「逆ですね。技術がないと無理っすね。精神的な問題じゃなくなるっすね。気持ちがついてこない時があるんで。技術があると、勝手についてくるかなと」
菅「まさにもうその通りだと思う。結局、技術があるから精神も安定する」
菅野はゴルフが趣味でベストスコア「69」というプロ級の腕前を誇る。
菅「メジャーで一番勝てそうだなっていうのは?」
松「ええ、どれっすかねえ。マスターズ以外は全部コースが変わるので何とも言えないですけど…。全英が1回しかトップ10に入ったことがない。そう考えると、全英が一番可能性低いのかなと。まあマスターズは毎年同じ所でやるので」
菅「ある程度わかっているもんね。ピンの位置もいつも同じだもんね」
松「同じ所でやる分、特別です。100人かそこらしか出られないので」
菅「そういえば、3年前にソニーオープン(米ハワイ)見に行ったよ。(自主トレ中で)こっそりね」
松「え!? そうだったんですか!?」
菅「やっぱり松山君はアイアンの音が違う。野球選手は変な音しかしないもん。ゴルフは大好きだけど職業にしたいとは思わないな。誰のせいにもできないじゃん」
松「野球と違って、自分が悪くてもまあ、自分のせいじゃないですか。よくても自分のあれなんで。今年はいい時がやっぱり少なくて。2つ勝てたんですけど普通でした。悪い時の方が多かったです。もっとやれたという方が強いです」
4年前の対談で松山が掲げた「米ツアー1勝」は14年に達成。菅野は「200イニング」を掲げた。
菅「僕はまだ1回も達成していないからね。今(米ツアー通算)3勝?」
松「今5勝です」
菅「5!? じゃあ僕、600イニングにしなくちゃ(笑い)。権藤さんになっちゃうよ」
松「今年、惜しいところまでいきましたよね?」
菅「今年が一番多かった(187回1/3)。登板を1回飛ばさないでシーズン最終戦も投げていたら行っていたかな。来年? もちろん200イニングと20勝」
松「僕も20勝くらいいっときますか(笑い)」
【注】4月11日の広島戦(東京D)で先発した菅野は6回に一挙5点を失い、この回途中で降板。同25日、マツダで4安打の1―0完封劇でリベンジした。
◆今季の菅野 3月のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の準決勝、米国戦に先発し6回1失点(自責0)と快投。4月18日のヤクルト戦(熊本)から5月2日のDeNA戦(東京D)まで3試合連続完封を達成。斎藤雅樹以来、球団28年ぶりの快挙だった。17勝5敗、防御率1.59で最多勝と最優秀防御率の2冠。年間4完封は斎藤雅樹以来、球団21年ぶり。1年間フル回転し沢村賞やベストナインを受賞した。
◆今季の松山 16年10月の日本オープンで国内メジャー初V。同月のHSBCチャンピオンズでアジア人初の世界選手権シリーズ制覇。17年2月フェニックス・オープン、8月の世界選手権シリーズのブリヂストン招待で米ツアー日本男子最多5勝目。全米オープン2位、全米プロ5位など米ツアーは賞金838万570ドル(約9億4694万円)を獲得。17年6月に、世界ランクは日本男子史上最高2位まで上昇。
◆菅野取材後記
今回、菅野は松山と会うのを心から楽しみにしていた。対談後、松山と別れて帰路につく時の一言が強く印象に残っている。「松山くん、何も変わっていなかった。良かったです」
2人が会うのは約4年ぶり。14年の本紙対談で初対面した。当時はともにプロ1年目の直後。13勝を挙げた菅野は「達成感はあるけど、自信にはならない。自分が進化し続ければジンクスはないと思う。それって2年目だけじゃなく3年目も4年目も一緒」、賞金王に輝いた松山は「今年と同じようにやったら今年以上の成績は残せない。一通過点でしかない」と上を目指す思いを語り合っていた。
普段から連絡を取り合う仲。立場は超一流選手に変わっても、向上心や自分に厳しい点は2人とも不変だった。だから共感できる点が多く話も弾んだ。菅野は松山から米マスターズのフラッグをプレゼントされ感激。「貴重な時間でした」と大きな刺激を受けた。(片岡 優帆)
◆松山取材後記
ああ見えてかなり繊細な松山。印象に残っている言葉がある。菅野が勝利した試合後。「祝福ラインを送ろうかと思ったんだけどさ」。松山は続けた。
「僕は野球を知らないから。僕から見てナイスピッチングでも、菅野さんにとってはそうじゃないかもしれない」
ピンに寄ったショットでさえ不満顔。生み出す一打にこだわり抜く。結果のみで判断することを嫌う松山らしかった。悩んだ末、結局ラインは送らなかった。
日本人初の海外メジャー制覇はならなかった全米プロを、菅野は見ていた。
「惜しかったね…」
「そうっすね…」
この日、交わされた少ない言葉と長い沈黙に、互いへのリスペクトを感じた。メジャーで勝つことの難しさ。自分のプレーを貫けなかった松山の悔しさ。すべてを2人は共有していた。
まさに、一流は一流を知る。である。(高木 恵)