◆東京五輪 男子ゴルフ 第1日(29日、埼玉・霞ケ関CC=7447ヤード、パー71)
4月のマスターズで日本男子初のメジャー制覇を成し遂げた初出場の松山英樹(29)=LEXUS=が4バーディー、2ボギーの69をマーク。首位と6打差の2アンダー、20位で滑り出した。初出場の星野陸也(25)=フリー=はイーブンパー、71で41位発進となった。63をマークしたシュトラカ(オーストリア)が8アンダーの単独首位。雷雲接近のため、約2時間半中断した。35か国・地域60選手が4日間72ホールで争い、予選落ちはない。
厳しい表情のまま、松山は五輪デビューラウンドを終えた。ティーショットが左右にぶれ、フェアウェーに運んだのは6ホールのみ。酷暑の中での1か月ぶりの実戦は、心身ともにこたえたはずだ。「後半うまくできなかったけど、明日いいプレーができるようにしっかり準備をしたい」。2日に新型コロナウイルス感染が判明し、回復具合が心配されたが6打差で初日を終えた。
風が吹かず、湿度がこもり、コース上の不快指数は高かった。疲労については「まあ、想定内ですね」。3番で4メートルを沈めて五輪初バーディーを奪うと、7、8番でもスコアを伸ばした。丸山茂樹(HC、51)は「上体と下のバランスの加減を見ていると、疲れが少しあるかな」。9番と11番はともに第1打を曲げてボギーとし、後半は伸ばせなかった。
15番で意地を見せた。3ウッドでの第1打を右の林に曲げ、低く出した第2打も木に当たった。3メートルのスライスを沈めてパーセーブ。一気に崩れてもおかしくない「ちょっと大変なバックナイン」は、2メートル前後のパーパットを沈め続けた。丸山HCは「めげずに15番でしっかり入れていた。明日につながる根性はまだ残っている」と踏ん張りをたたえた。
2010年10月のアジアパシフィック・アマチュア選手権を制し、マスターズ切符をつかんだ思い出の霞ケ関が舞台だ。「自分が変わった場所というか、本当に思い出にある場所。今回も良い成績を残したい」と初の五輪に気迫をみなぎらせる。「しっかりと良いショット、良いパットができればスコアも伸びると思う」。母国に凱旋したマスターズ王者は、金メダルへ徐々にギアを上げていく。(高木 恵)
◆松山の霞ケ関CCでの2勝VTR
▽09年日本ジュニア選手権男子15~17歳の部(霞ケ関CC東C6949ヤード、パー71) 高知・明徳義塾高3年で初日は4アンダー、67で単独首位発進。2日目も67で回り、最終日は74とスコアを落としたが、通算5アンダーで2位に4打差をつけて完全優勝を飾った。「優勝はうれしいですけど、ゴルフの内容は悔しさばかりが残りました」
▽10年アジア・パシフィックアマチュア選手権(霞ケ関CC7068ヤード、パー71) 東北福祉大1年で初日68で滑り出すと、2日目は69で2打差3位へ。65をマークし、通算11アンダーの単独首位に浮上。最終日は67で回り、通算15アンダーで2位のマクマナス(豪州)に5打差をつけて日本人初優勝。日本人アマ初のマスターズ出場権を手にした。「一番出てみたい大会。予選通過できるように頑張りたいです」
◆霞ケ関カンツリー倶楽部 1929年、埼玉・霞ケ関村(現・川越市)に東Cがオープン。設計は東Cが藤田欽哉氏、赤星四郎氏。西Cが井上誠一氏。57年にカナダカップ(現W杯)が東Cで開かれ中村寅吉と小野光一の日本が個人、団体共に優勝して「ゴルフブーム」を呼んだ。2013年に東京五輪開催決定後、マスターズの会場オーガスタナショナルGCの改造も手がけた世界的設計家トム・ファジオ氏(米国)に東Cの改修を依頼。赤松など日本庭園のような美しさは残して1グリーンとなり、フェアウェーに起伏が施された。全長は世界基準に延びてバンカーは半減で再配置され、戦略性が増した。