田中さんは元気だ。天気がいいとコースに出ているので昼間は電話をしてもつかまらない。正月の8日、関東地方では今年初めての雨が降ったと思ったら山間部に雪が降り気温が下がった。9日の午前中にも雨が残ったので昼になるのを待って、携帯電話を入れるとつながった。
―どちらにいらっしゃいますか?と聞くと「ハイ、木更津(ゴルフクラブ)に来ております」―雨が降ってますが、まさかラウンドじゃないでしょうね。「いえ、いまハーフを終わって食事中です。寒くてうまくいきません。きょうはダメでしょう」“ダメ”というのはスコアのこと。この連載が始まって以来、出来上がった選手と記者の間のあいさつみたいなものだ。きょうはダメ。午前中に叩いちゃいました、という報告である。木更津は難コース。天気がよく無風でもなかなかいいスコアは出ないが、でも、田中さん、ここでも18回、エージシュートをやってのけている。ダメといった後の午後、とてつもないスコアを出すのだ。
田中さんのエージシュートはついに180回に達した。71歳の2008年8月に初めてエージシュートを達成して以来、11年余で180回だ。
途方もない数字で想像もつかないが、電話先でこんなことをいうのである。「去年1年で223ラウンドやりました。その時点でエージシュートは177回。はい、データを見たら9月から年末までの4か月で80ラウンドをこなしてます。あと3回ですか?今年(2017年)1月2日の初打ちから9日までの6回のラウンドとその間成功した3回のエージシュートです。合わせて180回。ハイ、記録を意識しだしたら止まらなくなった。生涯最多ラウンド、エージシュートも78回と年間最多を記録しました」恥ずかしそうにでも心からうれしそうな笑顔が携帯電話の向こうに見えるようだ。
記録はすべて関連3会社の代表をそれぞれ務める3人の息子さんの一人がキチンと記録している。コース、ホールバイホール、同伴競技者、キャディー名。コースの認定書。ラウンド数はスコアカードがすべて保存されている。
田中さんには信念がある。「仕事でも趣味でもいい加減にやらない。死んでから親父は何をやってもおろそかにやらなかった。それをわかってもらいたくて一生懸命やっている。友人、知人には仕事も遊びもキチンとやっていた人だ、と悪口を言われない生き方をしておきたいのです」という。
「ゴルフは風の中、雨の日でもやる。天気が悪いとそのせいにしていい加減にしたらどんどんダメになる。それが当たり前になるのが怖いのです。ところが仕事をよくする偉い人でもゴルフとなるとうまくいかないと天気のせいにしなげやりになったりします。ゴルフも仕事もメンタル一つで結果が違ってくるんです。ここのところがわかっていないと死んでから悪口を言われる。私はそうならないようにやっている」
田中さん、ゴルフをやっているのを見ると本当に楽しそう。真正面からぶつかっているのだ。そして夢がある。こんな夢だ。エージシューターの仲間を集め大会を開きたい。
「年を取ると毎日やっていないと何もできなくなる。80歳は70歳の5年が1年できてしまうんです。90歳になるとそれがもっと早く来てしまうんでしょうね、きっと。ところがそういう自分のことは自分ではわからない。難しいんです。だから人生を客観的にみてやっていくのです。裸の王様で、自分のことをわからないでやっている人がいっぱいいます。客観的にみるとは、それが前向きということなんですね。エージシュートシュートの協会作ってスコアをよくしたいという予備軍も集まってもらってライバルと競り合ったり教えあったり、ゴルフを通じて自分を照らし出すんです。なんか目標をもっておっかけてないとなんで生きてるのかわからない。それなら目的をもってやった方がいい。一緒に走っていきましょうとやっていきたいのです」
元気が励まされて田中さんに協力しているかのように感じる。
◆田中 菊雄(たなか・きくお) 1935年3月3日、島根・松江市生まれ。81歳。神奈川・川崎市を拠点にリフォーム、食品など5社、社員400人を抱える「北山グループ」取締役会長。東京・よみうりGCなど4コース所属、ハンデ5。初エージシュートは06年8月、71歳のとき静岡・富士国際富士コースを70で回った。173センチ、65キロ。