田中さんは極端なクローズドスタンスをとる。そのゴルフに魅入られて3月末で10か月が経った。右45度を向いた構えから空に向かって真っすぐに突き刺さっていく弾道に目を見張り、息をのむ。驚きの世界は果てしなく、奥が深い。
フックスタンスならドローボールが常識だ。試してみる。
右足を引きインサイドからアウトサイドに打つとひっかけボールが出る。目標を右にとり打ち続けると時々右から左のドロー回転。だが、球は上がらず、たいてい低い。上げようとするとさらに低いひっかけになったりする。確かに強い球だから球が上がらなくてもランが出るし距離が稼げる。しかし、田中さんのような天に刺さるようなストレートボールにはならない。
上手いと下手、天才と凡人の差とはこのあたりにある。実はこのような経験はプロゴルファーの青木功との間でもあった。1964年、東京五輪の年の報知新聞入社、彼のプロ入りと私の入社が同じ、社会人の同期生だ。そんな縁で50年、遠慮のない付き合いをしているが、青木が強くなりかけのころ、ドローから球筋をフェードに変えた。ドフックの青木が真逆のフェードに変えてトッププロへ。
そんなころ、ツアーの練習場での事だった。「いいか、今度はフェードを打つから見てろ」と青木が言い、ショットすると球はピンを指すストレートだ。「いい球だね」と感心すると「今度はもう少しフェードかけるからな」と打つとまたピンにまっすぐストレートだ。満足したとき青木は小鼻をぴくぴくさせるのが癖だが、その時も小鼻をひくつかせていった「最初のより2発目の方が、球が落ちてから止まるまでのスピンが強いだろ。いいフェードだ。これで青木さんは銭っこをたくさん稼ぐんだよ」。
フェードとはスライスが、さらに進化したプロの弾道。だから飛んでいく姿は左から右に切れて落ちる球、と思っていたが、どうやらこれは違うぞ、そのとき思った。
プロの世界の感覚とは、その世界では、球筋、持ち球、球質とは放物線ではない。球を操る者の感覚の世界とは、結果である。そのとき悟ったように思う。
以来、プロ青木を見る目が変わった。世界のアオキは極端なフックをストレートに変え、米ツアーで成功した。目的を持つとそのゴルフは変わっていった。そうした目でツアーの世界を見るとプロの変遷が見える。尺度の役割を彼は果たしてくれている。
フックスタンスからストレートボール。田中さんの世界も同じなのである。
「エージシュートという極端な目的を持ったからスタンスから変えた。目的を持つと人は変わらざるをえないのです。人生とオーバーラップするゴルフだが、何事もそうだ。クローズドスタンスはね、私の人生を変えたといっていい。これ以上ない安定したスタンスなのです」。
スクエアがお手本のゴルフである。だが、不安定なスタンスにこそ安定がある。次回詳しく。
◆田中 菊雄(たなか・きくお) 1935年3月3日、島根・松江市生まれ。82歳。神奈川・川崎市を拠点にリフォーム、食品など5社、社員400人を抱える「北山グループ」取締役会長。東京・よみうりGCなど4コース所属、ハンデ5。初エージシュートは06年8月、71歳のとき静岡・富士国際富士コースを70で回った。173センチ、65キロ。