☆たらればを考えたらゴルフだけでなくどんなことだってうまくいきません。ゴルフも仕事も何があってもこの方向で行くのだ、と決めてやることです
雪の多かった2018年の冬。北陸、東北を襲った寒波は1月22日、関東地方を見舞いゴルフコースは雪景色となって軒並み2週間余もクローズされた。再開したのは2月6日過ぎ。そうこうしているうちに冬季五輪平昌大会が開催され、ごく自然に茶の間のテレビ観戦へといざなって、ゴルフとはすっかりご無沙汰してしまった。関東のゴルファーにとっては“とんだ雪害“続きのシーズンとなった。
田中さんのペースが落ちている。
今年は新年1月6日までにエージシュートを2回マークする上々の出だし。しかし、厳寒となった後の14日間は惜しいラウンドが続き記録はストップした。決してひるまない名人は、その間、沖縄に遠征し喜瀬CCで82をマークした。しかし、調子を戻したと思ったのもつかの間、コースの閉鎖が続いて再び19日間も記録なし。ここ数年なかった予想外の悪い展開だ。
そんなわけで今年に入ってエージシュートを記録したのは2か月で5ラウンドにとどまった。通算数は2月13日に274回目を木更津GCで21日ぶりに達成したが、以来記録はぴたりと止まったまま(2月22日現在)だ。特に2月はわずか1回。名人にとっては手術などで長期戦線を離脱した時以来のこととなった。
怠けていたわけではない。冬季五輪史上最多11個のメダル獲得にわく日本の好成績を励みに、晴れ間を見つけてのラウンドは、スタートでたたくと挽回ならず、好スタートを切っても上がりでダブルボギーを連続するなどスコアメイクがかみ合わなかった。流れが悪いのだ。
「2ホールを残して3打で上がれば(エージシュート)というところでダブルボギーが続けて出たり、情けないゴルフをやっております」そんな空白期間のある日、偶然コースで出会うと屈託なく報告してくれた。「短いパットがいけません。しっかり打ててない」、「アプローチもよくない、さっきもピンを目の前にしてざっくりしてしまいました」といたずらっ子の様な笑顔。何やってんだか、といった感じ。そこにはミスがつきもののゴルフを踏まえてあきらめと自信が同居した強さがある、したたかさといってもいい。だからこちらも「長いパットも以前同様しっかり入ってるようですね。調子が悪いわけではないはず。短いパットをぺろりと外すシーンも時々あるけど気にされないことです」遠慮なく指摘する。
この連載が始まって二人の間にはある暗黙のルールの様なものができた。必要がなければ連絡は取らない、というものだ。例えば、田中さんはエージシュートがでれば電話、メールで報告してくる。しかし、驚かせようと3回分くらいためて報告が来ることもある。「あなたの驚く顔、声が私の励みですからね」とまるで子供のようなところがある。こちらからは、いちいち詮索しすぎないようにしている。ゴルファーなら他人にプレッシャーをかける行為は避けたい。成功したときはいいが、失敗したときにあれこれいうのは良いことではない。遠慮とは遠くで慮(はばか)る、と書く。当事者をイラつかせることは記者のやってはいけないことと、長い経験で身につけてきた。取材はそんな、阿吽(あうん)の呼吸の中で息をひそめあうように進んでいる。
「あのパットが入っていたら、アプローチのミスが、と嘆いていても何の進歩もありません。なにがあってもこの方向で行くのだと決めたなら、その方向で行くのです」
今回の語録は良く使われる定番。しかし、10ラウンド連続してエージシュートをやってのけた田中さんが、2月にたった1回しかできないなかで、改めて言ってのけられるところに注目だ。
名人は言う「例えば5メートルのパットをオーバーしたらどうしよう、と考えるより1メートル半行ってしまったとしても返しを入れればいい、と決めて打つ。ショットも同じ、バンカーに入れたくないと怖がるよりオーバーする気でしっかり打って乗せる。タラ、れば、はミスを前提とした消極ゴルフ。何があってもこの方向で行くと決めたら行くのがゴルフです」
この考えは経営者・田中さんの経営哲学でもある。「過去は関係ない。これからをどうするかを考えるために人生はある。過去にとらわれて今がおろそかになる。そんなばかばかしい事はありません」
ミスを気にしすぎない。いつまでもひきずらないばかりか、笑い飛ばして元気を先取りしたらどうだ、と語録は言う。ひと冬の寄り道は今の田中さんには楽しみとしか感じないのだ。
◆田中 菊雄(たなか・きくお) 1935年3月3日、島根・松江市生まれ。82歳。神奈川・川崎市を拠点にリフォーム、食品など5社、社員400人を抱える「北山グループ」取締役会長。東京・よみうりGCなど4コース所属、ハンデ5。初エージシュートは06年8月、71歳のとき静岡・富士国際富士コースを70で回った。173センチ、65キロ。