田中さんはゴルフ場にとっては本当にいいゴルファーだ。コースにたばこの吸い殻がが落ちていると拾い灰皿へ捨てる。枯草やティーペッグの折れたのがあれば拾い集めてゴミ箱へ。捨てるところがなければ自分のポケットへそっとしのばせあとでゴミ箱に捨てたりする。きれい好きなのか。神経質なのか、はたまた変人か?
だが、ゴルファーならさして驚かないはなし。伝説のプロゴルファー、かの杉原輝雄さんは試合中でもティーグラウンドに上がると落ちているティーの破片や置き忘れていったジュースの空き缶を拾い集めた。試合中がそれだから普段の練習ラウンドなどでは、ごみはあちこちに散乱するからさらに忙しい。
知らない人が「杉原さんがなんでそんなことをするのですか?」といぶかって尋ねた。すると「気持ち悪いじゃないですか、きれいな方がいいでっしゃろう」といった。
広大な自然のなかでやるゴルフだが、コースの起伏や木は自然だが、芝やバンカーなどはすべて人工だ。ティーグラウンドもグリーン、フェアウェイもラフも手を加え人手をかけ、水を巻き、植えた芝を刈り整えてある。ゴルファーはそれを知っているから、ショットで痛めた芝の穴は土をいれ、グリーンについた“傷”をグリーンフォークで治したりする。そこにはコース管理の裏方さんへの気持ちがある、どうもすいません、いためちゃって、と修復するわけだ。杉原さんの行為は、その延長線上にある。きれいに使わせていただいてます、と感謝の気持ちがこめられている。
田中さんの行為をみて、日ごろ、杉原さんに拍手を送った一人としてそのことを尋ねると、杉原さんのことはご存じなかった。代わりにこんな話をしてくれた。「ゴルフは自分の都合のいいことをしちゃいけないというのがルールの原点にある。だから審判がいないのですね。別の言い方をするなら、自分に都合のいいことは、相手に都合が悪いことがある。商売で自分がもうかることは、もしかしたら相手が損をしている事だったら、相手のことを考えなければならない。そういう発想で人生を生きていかなければならないと思いました。これが分かったときゴルフの真髄に触れた気がしたものです」ということで、ゴルフがうまくなるためには、ごみ拾いだ。
田中さんはなぜ、ごみを拾うか?「ここ一番というパットをするとき、さっき拾おうとして拾い忘れたごみのことがふーっと頭に浮かぶんです。すると入るパットが入らないことがある。雑念が邪魔をするのです。それをどう思うことないといえなくなる。ゴルフをやらない頃は、雨の中をなに馬鹿なことをやっているんだとみていたが、自分でやって、エージシュートめざしてこんなすばらしいスポーツはないな、と思ってから余計、ごみが気になってきたのですね」
パットだけではない。ショット、アプローチ、バンカー、日ごろ磨いたわざを生かしたい勝負所でうまくやろうとするとき、心のティーグラウンドにはごみはない。
エージシュートは7月10日現在、316回に達した。その後、北海道の釧路CCから「はーい、勝負のティーショット、砲台グリーンのアプローチ、難しい状況が多くなったが、ごみを拾いながら頑張ってま~す」とメールが届いた。夏は毎年、順調に回数を積み重ねるが、今年はこれまでにない好調だ。釧路のティーグラウンドもさぞきれいになったことだろう。
◆田中 菊雄(たなか・きくお) 1935年3月3日、島根・松江市生まれ。83歳。神奈川・川崎市を拠点にリフォーム、食品など5社、社員400人を抱える「北山グループ」取締役会長。東京・よみうりGCなど4コース所属、ハンデ5。初エージシュートは06年8月、71歳のとき静岡・富士国際富士コースを70で回った。173センチ、65キロ。