驚異のエージシューター田中菊雄の世界100 武藤一彦のコラムー仲間たち


 「田中菊雄エージシュート300回記念コンペ」-名人のこだわりが隅々までいきわたったコンペとなった。田中さんのエージシュート300回を祝う記念コンペは9月21日、田中さんのホームコース、東京稲城市のよみうりGCを貸し切り、131人の仲間が4方向から一斉スタートのショットガンで祝った。コースはこれまで田中さんが300回のうち、165回にわたってエージシュートをやってのけた得意コースとあって田中さんのスコアが注目されたが、アウト41のあとインを43の84ストロークで1打及ばず、エージシュートは惜しくもならず。
 「最終ホールでバーディーを取れれば、というところまで行きましたが、及ばなかった」とパーティーで田中さんがあいさつすると、普段からその偉業を見せつけられた出席者たちから暖かい拍手が送られた。

 

 参加者の手元にはこの日までに達成した340回の全成績表が記念として配布された。が、その後、エージシュートは計344回を数えていることも知らされ驚きと祝福の拍手が鳴りやまなかった。

 

 しゃれた演出に彩られたコンペだった。コースは快挙を祝って冬季に使うベントグリーンを例年より半月余りも早くこの日から使用した。1か月ほど前、田中さんはコース側に「最高のコースコンデション、最難関のピンポジションで記念コンペを行いたい」異例ともいえる申し入れをしていた。驚くコースに田中さんは伝えた。「私はこのコースで160回以上もエージシュートをやっているため、コースがやさし過ぎるのではないかという声がある。そんな風に言われたらコースにとっては不名誉。コースが、優しいからスコアが出た、と言われるのはゴルファーにも不本意である。そこで田中というゴルファーを知っていただきたいと思い、極め付きに難しいピン位置を希望しました」。

 

 田中さんらしいこだわりの隠し味だ。コースはタフに仕上がった。ピンポジ(ピンの位置、ピンポジション)は毎ホールといっていいほど奥、あいにく雨のためピンは高い位置に切られ距離は長くなった。並み居るローハンデの猛者たちも大たたきしたこの日、エージシュートに1打差と肉薄したのは田中さん一人。その力量の確かさを改めて示したのだった。

 

 田中というゴルファーを知っていただきたいというコースへの思いとエージシューター田中の反骨精神のほとばしり。隣接の兄弟コース、東京よみうりCCは日本ツアーの最終戦「日本シリーズJTカップ」の舞台として知られるが、コース整備、メンテナンスのノウハウは両コース共通である。ベントグリーン使用は田中さんのコースへのこだわりであり、何よりもこの日の参加者へのもてなしの心でもあった。それを知る参加者には、この日、わずか1打及ばずエージシュートはならなかった田中さんだったが、田中さんは、その力量の確かさを改めて示した1日となった。

 

 ◆田中 菊雄(たなか・きくお) 1935年3月3日、島根・松江市生まれ。83歳。神奈川・川崎市を拠点にリフォーム、食品など5社、社員400人を抱える「北山グループ」取締役会長。東京・よみうりGCなど4コース所属、ハンデ5。初エージシュートは06年8月、71歳のとき静岡・富士国際富士コースを70で回った。173センチ、65キロ。