前回、田中さんのパッティングフォームが変ったことをお伝えした。ショットと同じ、広いクローズドスタンス、グリーン面をなめるように前傾を深くした田中さんのパッティングフォームは、筆者が名付けて「スパイダーマンスタイル」と命名した。だが、このフォームは昨20年春、突然、左足を引く、狭いアップライトスタイル、球を右足つま先から10数センチ離しただけの極端な、オープンスタンス。開いた体の前面はカップと正対しているのではないか、と思えるほどの打ち方に変わった。
―どうして変えたりしたのですか?と聞くと「オープンの方がラインが出しやすく、球の転がりも良いので」との返事。が、納得がいかなかった。なぜなら、長いトーナメント取材の記者時代、世界の青木功選手のフックスタンス、手首を使ってコツン、とインパクト即フィニッシュ、あの世界中を驚かせた、冴えわたる技を良く知る者には、エージシューター名人田中さんは青木とオーバーラップしてすごさの象徴。田中さんの、自分に徹したオリジナリティ(独自性)こそ、うまさの秘訣だと信じていただけに”なぜそれを捨てるのだ“、と恐れながら、非難混じりとなったものだった。
閑話休題。結論を先に言おう。そんな大きな変化にも関わらず、田中さんのエージシュートは85歳時の昨年1年で218回を数えた。この記録は、83歳時記録した年間125回の自己最多記録を、なんと93回も上回る大幅更新の大記録である。
パッティングスタイルを変えただけで急増したエージシュート。驚くやらうれしいやらこもごもあったが、変えたことを非難した手前、恥ずかしかったものだ。聞くと「タイガーウッズと最多82勝で並ぶ米ツアーのレジェンド、サム・スニードが晩年、グリーン上、婦人が馬に乗るときの“横乗り”を取り入れた“サイドサドル”(横坐りスタイル)パットで大記録達成。私にはサイドサドルをやる勇気はなったが、オープンスタンスなら真似できるとヒントになった。そう、極端にオープンに立つとカップと正対、ラインに乗せやすかった」いや、ここでパットに形なし、といった古い格言をいまさらさら引き出すつもりはない。しかし、当時85歳の田中さんの、変化を恐れない勇気、若者のような好奇心にはただ、ただ頭が下がるばかりなのである。
田中さんは言ったものだ「そういえば1メートルのショートパットでお先に、とやるときパターの先でコツン、と打つと良い転がり。その時、オープンスタンスで体はカップの左、パターの面はまっすぐカップライン上を動いた。これは使わない手はないと思った」―これぞ開眼である。ゴルフ一筋、直感は当たった。以後、ショートパットだけではなくロングパットがおもしろいように入った。
エージシュートは86歳の21年4月11日現在通算で767回に達した。87歳の誕生日まで残り10か月もあるが、いまのペースだと来年の誕生日前のはるか前、エージシュートは1000回を越える計算である。
◆田中 菊雄(たなか・きくお) 1935年3月3日、島根・松江市生まれ。86歳。神奈川・川崎市を拠点にリフォーム、食品など5社、社員400人を抱える「北山グループ」取締役会長。東京・よみうりGCなど4コース所属、ハンデ5。初エージシュートは06年8月、71歳のとき静岡・富士国際富士コースを70で回った。173センチ、65キロ。