驚異のエージシューター田中菊雄の世界168 武藤一彦のコラム-13アンダー新記録達成


 今年の夏は暑さ厳しく、コースに出るのを手控え名人とは7月末以来、ラウンドも控え距離を置いた。しつこく付きまといプレッシャーをかけてはならないという思いもある。だが、名人が静かにしていることなどありえなかった。夏はエージシュート増産にもってこいの季節。そんな8月12日のことだった。
 ホームコース、よみうりゴルフクラブのラウンド後を狙って久しぶりに電話をいれた。―猛烈に暑いですが、順調に記録は伸びてますか?と聞くと「今日でエージシュートは1097回、1100回の大台まであと少し」―暑さなんか気にもしていなかった。実は回数でなく歴史を変える快挙が生まれていた。エージシュートに13アンダーの快記録の誕生だ。

 

 「でも今日は悔しかった」と午前の上りホールで最後100ヤードからバンカーに入れ4オン2パットのダブルボギーをたたいた。さらに、午後、最終ホールでクロスバンカーに入れ、そのあと土手に当て、さらにグリーン手前バンカーに入れるなど5オンの2パットのトリプルボギー。「まいりました」と珍しく愚痴るのだった。
 「で、スコアはいくつだったのですか?」と聞いて驚いた。「アウト38、イン36の74。いっやあ、ひどい目にあいました」というのである。思わず「え!ちょっと待ってください」と遮(さえぎ)っていた。「ダボ、とトリプルがあったのでは?」というと「ハイ、大たたきはあったが、74でまわった。だからもったいないといっている」只者でないとは思っていたがこの87歳の可能性は無限だった。
 生涯で最高のゴルフをアクシデントの中でやってのけていた。87歳で74、エージシュートに13アンダー。
 2019年5月5日、新潟・紫雲ゴルフクラブを当時84歳のとき35,37の72のパープレー、エージシュートに12アンダーを4年ぶりに更新する快挙を達成していた。

 

 今回のラウンドを振り返る。
 インスタートの10番ボギー、11番パー5,12番パー3を連続バーディー。13番をボギー、14番から3連続パーのあと17番バーディー、そして18番のダブルボギーである。4バーディー、2ボギー、1ダブルボギーでパープレーの36の好スタート。れば、たらを言えばきりがないが、これがなければプロ並みのスコアだった。そして午後のアウトコースはさらに好内容。1番パー、2番でバーディーをとりその後8番まで6連続パーの快進撃。だが、迎えた最終9番、ティーショットをクロスバンカー、さらにグリーン前バンカーも渡り歩いてトリプルボギーの7。「イケイケでいったが、これが僕の生き方、悔いはない」と言いながらも大詰めのトリプル。これがゴルフだが、日に2度にわたる大どんでん返し。それでもアンダー記録を見事更新した。田中ゴルフの真骨頂を見せたのは、何か持っている人なのだろう。

 

 エージシュートが田中名人によって注目を集めている。年齢と同じか、それ以下のスコアを良しとするゴルフの楽しみ方を、かのトム・ワトソンはクール(COOL)といった。「自分の年齢と同じスコアか。それ以下なら、なお良しとするこの競技は年齢を重ねるほど頑張らないとならないようなシステムとなっていて、ベテランゴルファーを元気づけてくれる。ゴルフは自分との闘いといわれるがまさにその精神を具現させ生きがいにしてくれるからクールである」と。87歳のエージシューターの13アンダー・エージシュートは73歳のワトソンが聞いたら声を大にして「クール」と叫んで喜んでくれるに違いない。日本ゴルフ界にとって、アンダー記録は田中名人ただ一人の日本新記録である。忘れられない暑い夏となった。

 

 ◆田中 菊雄(たなか・きくお) 1935年3月3日、島根・松江市生まれ。87歳。神奈川・川崎市を拠点にリフォーム、食品など5社、社員400人を抱える「北山グループ」取締役会長。東京・よみうりGCなど4コース所属、ハンデ5。初エージシュートは06年8月、71歳のとき静岡・富士国際富士コースを70で回った。173センチ、65キロ。