プロレスラー木戸修さん、死去73歳 いぶし銀のファイトで一時代を築く…長女はプロゴルファーの木戸愛


木戸修さん

木戸修さん

 元プロレスラーの木戸修さんが亡くなったことが14日、分かった。73歳だった。

 長女のプロゴルファー、木戸愛(めぐみ、33=フリー)がマネジメント会社を通して「父・木戸修が、令和5年12月11日午後10時ごろ、家族に見守られ穏やかに息を引き取りました。私にとっての木戸修は、優しい父親でもあり、偉大な先輩アスリートでもあり、尊敬し、父の娘であることを誇りに思っております。現在は、とても悲しく寂しい気持ちでいっぱいですが、これからは父が天から見守り、一緒に戦ってくれると信じて、一層競技生活に精進して参りたいと思います。父を応援して下さった皆様、お世話になった関係者の皆様、本当にありがとうございました。ここに生前のご厚誼を深く感謝し心より御礼申し上げます」とコメントを発表した。

 木戸さんは、1950年2月2日、神奈川・川崎市出身。1968年10月に日本プロレスに入門。69年2月21日にデビュー。71年12月に日プロを退団し、翌年にアントニオ猪木さんが旗揚げした新日本プロレスに参加する。

 道場で堅実な強さを磨き、欧州、米国での武者修行で“プロレスの神様”とうたわれたカール・ゴッチさんの指導を仰ぎ、その実力からゴッチさんは木戸さんを「息子」と呼ぶなど絶賛した。

 新日本では得意技のドロップキックなどいぶし銀のファイトで観客を魅了。中堅選手として団体を支えたが、84年9月から第1次UWFへ移籍。85年の「格闘技ロード公式リーグ戦」で優勝するなど実力を発揮した。

 86年1月から「UWF軍団」として新日本へ復帰し、猪木さんや藤波辰爾と戦い、86年8月には前田日明とのタッグでIWGPタッグ王座を獲得した。

 一瞬にして相手をフォールする「キドクラッチ」などでファンを魅了。90年代の新日本で欠かせないバイプレーヤーだったが、2001年11月2日、横浜文化体育館で引退記念興行が行われ、長州力とタッグを組み、藤波、木村健悟組と対戦し、一度、現役を引退した。

 2005年9月11日にビッグマウス所属選手としてビッグマウス・ラウドで復帰。10年2月22日に猪木さんが主宰する「IGF」のJCBホール大会に参戦し藤波と組んで初代タイガーマスク、藤原喜明と対戦して以降は、表舞台から遠ざかっていた。

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