
プレーオフを制し優勝した倉林紅(カメラ・中島 傑)
◆女子プロゴルフツアー 資生堂・JALレディス 最終日(5日、神奈川・戸塚CC東C=6487ヤード、パー72)
プロ1年目の倉林紅(こう、21)=サーフビバレッジ=が今季のルーキーで一番乗りの初優勝を飾った。9位で出て7バーディー、2ボギーの67で通算12アンダーに伸ばし、史上最多7人によるプレーオフ(PO)を2ホール目で制した。2011年の東日本大震災は地元・宮城県富谷市で被災を機に、6歳で競技を始め、同県出身者で初のツアー制覇となった。3日間短縮競技のため、優勝賞金の加算は75%の1620万円。
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涙が止まらなかった。史上最多7人のPO、2ホール目。4メートルのバーディーパット沈めて右拳を振った直後、18歳・長沢のパットが外れた瞬間、初優勝が舞い込んだ。両手を広げてうれし泣き。「ルーキーイヤーで優勝する、一番の目標をかなえられて本当にうれしい」と喜びをにじませた。
正規の18番で4メートルを沈め、首位と並ぶ12アンダーでホールアウト。後続が伸ばすと想定し、クラブハウスで悔し泣きした。数十分後、PO突入の連絡が届き「自分に回ってきたチャンス」と強気で臨んだ。1H目の第3打は「高校時代から半イップスになった」と苦手なバンカーショット。「ホームラン(飛びすぎる)してもいい。緩むのをやめよう」と弱気を振り払い、ピン手前34ヤードから1メートルのベタピン。ナイスパーで大逆転Vにつなげた。
5歳だった11年、東日本大震災が発生。宮城・富谷市の実家でチアダンスの発表会の衣装を着た瞬間、大きな揺れに襲われたという。自宅駐車場にヒビが入り、電気もつかない不安な日々を送った。約半年後、父・大作さん(54)から「夢を持って新しいことをやろう」と声を掛けられ、ゴルフを始めた。国内ツアー21勝のイ・ボミ(韓国)に憧れた少女が、宮城県初の優勝者となった。
プロテストは2度の不合格。悔しさがあふれたが、昨年4月に米国で出場したオーガスタナショナル女子アマで収穫を得た。練習ラウンドで米男子ツアー13勝のジェーソン・デー(豪州)と遭遇。30~40ヤードのバンカーショットをビタビタに寄せる姿に刺激を受けた。それから約1年、バンカーショットの練習を怠ることはなかった。
優勝のご褒美に「大好物のユッケを食べたい」と笑った。名前の「紅」には「紅一点。キラリと光る存在に」(母・愛さん)との思いが込められている。「2勝目、3勝目を目指す。もっと強くなって女子ゴルフ界を盛り上げたい」。歴史的なPOを制した倉林の目は、キラリと輝いていた。(星野 浩司)
◆倉林 紅(くらばやし・こう)2005年6月29日、宮城・富谷市出身。21歳。東日本大震災で被災した11年、父・大作さん(54)の勧めで6歳からゴルフを始める。東向陽台中で東北中学校選手権、東北高で東北高校選手権でそれぞれ3連覇。プロテストは25年に3度目の挑戦で合格。QTランク1位。平均飛距離は240ヤード。憧れの選手はイ・ボミ。164センチ。家族は両親と兄。
◆日本女子ツアーの最多人数PO 今大会前までは、1984年6月の美津濃トーナメントでの小田美岐、ト阿玉(台湾)、柏戸レイ子、石川三栄子、岡田美智子、三輪幸子の6人が最多記録だった。その時は小田が優勝した。
◆日本女子ツアーの都道府県別優勝者 宮城県出身者の優勝は今大会の倉林が初。全国47都道府県で優勝者がないのは秋田県、長野県、三重県、石川県、奈良県、和歌山県、島根県、高知県、佐賀県の9県となった。優勝者数が多いのは1位が東京都の20人(13勝の稲見萌寧ら78勝)、2位が愛知県の18人(84勝)、3位が熊本県の14人(50勝の不動裕理ら157勝)となっている。

