田中さんが100回目のエージシュートを達成したのが今年の正月、2016年の1月5日。そのとき仲間から贈られた白いレザーを基調にしたしゃれたバッグには、前回、紹介したウッド1、3、5、7、9番の5本に加え、6、7、8、9番アイアンとウエッジが4本とパターが入っている。
職人の道具、田中さんのクラブの紹介。前回、ウッドを紹介したので、今回はアイアンについて。細かい仕様などは触れないが、計算づくのセットにその力量が見え、こだわりがある。
どうクラブと付き合おうとしているか。
アイアンショット、とにかく飛ぶ。伝統の「ゴルフ日本シリーズJTカップ」でおなじみ、東京よみうりCCの8番ホールはパー3。ティーに立つと左サイドがバンカーで、猫の額ほどの花道、右サイドの深いバンカーが手前に食い込み右サイドをえぐるようにグリーンを取り囲む難ホールだ。白ティーからはグリーン手前エッジまで約160ヤード、奥行は200強の縦長グリーンで浮島のように見えるタフなホール。ここを田中さんはなんと8アイアンだ。ちなみに173センチ、65キロの痩身だ。
ある日、ここにやってきた田中さん、「キャディーさん8アイアンをください」というと早めに追いついてきた後続のゴルファーが“ええっ!とのけぞった。白ティーだがその日のピンまで170ヤード強の距離だ。プロ並みのクラブ選択に誰もが驚くのは無理もなかった。そして、田中さんが目の覚めるような高い弾道でグリーンに乗せると期せずして歓声が起こったと、これはそのとき一緒に回った友人からの証言。
田中さんのアイアンショット。ピッチングウエッジで130ヤード。6アイアンで175から185だ。平然という。「アイアンは距離とラインを合わすクラブ。7アイアンで、170ヤード、6アイアンで180から185ヤード。それが基本であとは距離によって強弱を加減して調整する。アイアンはラインと距離感と言いましたが、しっかりバックスイングが取れインパクトで腕と肩の三角形を戻せればナイスショットの確率は高い。8アイアンでもしっかり打てば180ヤード行くこともあるし番手は参考にするが、気持ちが入れば距離はそのときしだい。付き合うと面白いクラブです」
大事なところでミスできないのがアイアンだ。「ここでバンカーに入れボギーやダブルボギーをやっていたらすぐハーフで42、3叩いちゃう。そんなホールが必ずある。そうしたらエージシュートなんてできませんからしっかり距離を打てるようにしてあります」
この自信が田中さんの田中さんたるゆえんだ。アイアンのセットはこれまでの生涯で3セットくらい。それくらい使い込んでいる。究極のプレッシャーの中でミスが出ない要因だろう。
だが、飛距離の出る秘密は「クラブのロフトが立っているしシャフトも長い」とさらりと言う。「最近のクラブは飛ばしにこだわるメーカーがロフトを立て長くしている。飛んで当たり前」と笑う。田中さんのもロフトは6番で25度。7が27度、8は30度、9は34度、PWは39度である。そしてクラブの長さ。8番で37インチ。その前後の長さは0・5インチ(約1センチ弱)刻みだから全体に長い。だが、「それなら俺も長くして飛ばそう」というのはゴルフを知らない人だ。長くロフトが立てば難しい。使いこなすには努力が不可欠だ。ここは、セットは替えないと言いながらハイテククラブの性能を存分に知りつくし、使いこなしている田中さんを見習うべきだろう。こんな受け取り方だ。「各メーカーともロフトを立て、長く、さらにヘッドを分厚くして非力をカバーしてくれている。おかげで最近飛びすぎ、距離感を合わせるのが大変だ。そのためスイングが小さくなっちゃうのです」
飛ぶアイアンの性能をしっかり見極め味方につけている。見習いたい。
◆田中 菊雄(たなか・きくお) 1935年3月3日、島根・松江市生まれ。81歳。神奈川・川崎市を拠点にリフォーム、食品など5社、社員400人を抱える「北山グループ」取締役会長。東京・よみうりGCなど4コース所属、ハンデ5。初エージシュートは06年8月、71歳のとき静岡・富士国際富士コースを70で回った。173センチ、65キロ。