
11番、ティーショットを放つ石川遼(カメラ・馬場 秀則)
◆男子プロゴルフツアー ミズノオープン 最終日(30日、岡山・JFE瀬戸内海GC=7349ヤード、パー72=報知新聞社特別協力)
2009年大会覇者でツアー通算17勝の石川遼は42位で出て1イーグル、5バーディー、2ボギーの67をマーク。通算7アンダーの14位で終えた。
首位とは11打差。全英オープン切符獲得圏内とは8打差を追ってのスタートだった。石川は「ビッグスコアを目指して攻めたい」と前日予告した通り、飛距離を武器にアドバンテージを取り、アイアンショットで積極的にピンを狙い続けた。
今大会は新型コロナ感染症対策のため「一般非公開」開催だった。観戦券の一般販売は無く、大会主催者が協賛社や関係者に一定数の入場券を事前配布。正式な入場者数は非公表だが、昨年コロナ禍となって以降では今季最多とみられる人数が3日間で訪れた。5団体のガイドラインで定められいる「一般非公開開催」だが、人数の上限は設けられていない。「このコースで開かれていた、11~17年までよりも多かったのではないでしょうか」と話す大会関係者もいたほどだ。
その中で連日、最も多くのゲストを引き連れたのは石川だった。岡山は2007年のマンシングウェアオープンKSBカップで、国内男子ツアー史上最年少の15歳で初優勝を遂げた思い出の地だ。「岡山は自分の人生が大きく変わった場所。自分を生んでくれた地だと思っている」と石川の胸にも熱い思いがあった。ミズノオープンは今回が4年ぶりの岡山県開催となり、石川はツアーでは3位に入った2011年大会以来の岡山来訪となった。
この日もまるで“大名行列”のように、数百人のゲストを引き連れた。10番から出て11番パー5では、石川が右フェアウェーからの2打目で執念の直ドラを披露。豪快な一振りでファンをどよめかせ、グリーン左手前のラフまで運んで見せた。クライマックスは2番パー5だった。石川が12メートルのイーグルパットをねじ込むと、大喝采がゴルフ場内にこだました。
27日の第1日が悪天候で中止となり、3日間の短縮競技となった。「72ホールやりたかった気持ちもありますね。僕の中では1週間で2度目の36ホール(24日の全米オープン予選で2ラウンドプレー)回っても良かったので」と笑った。07年のマンシングウェアKSBカップも最終日36ホール決戦を制しての劇的な初V。あれから14年。米ツアーも経て、成長した姿を見せたい気持ちもあった。
今大会は感染症対策のため、サインや写真撮影などのファンサービスはなし。それでも連日、朝の練習場からラウンド後の練習場まで石川を追いかけて、マスクを着用した大勢のゲストが取り囲んだ。「本当に楽しかったですし、すごく新鮮な気持ちでしたね。久しぶりのツアー観戦の方もいらっしゃると思いますし、コロナ禍でゴルフを始めた人も居るかもしれないし。僕たちは誰かに見てもらえるのはすごく気が引き締まるし、倍楽しいかなと思いますので」。石川はホールアウト後、3日間温かい拍手や声援を送り続けてくれた、岡山のファンに感謝の言葉を送った。
次週の21年メジャー初戦、日本ツアー選手権森ビル杯(茨城・宍戸ヒルズCC)ではコロナ禍となって以後、国内男子ツアーでは初の有観客開催となる。各日1000人までの上限つきだ。