プロ6年目の菅沼菜々(23)=あいおいニッセイ同和損保=が、不安障害の「広場恐怖症」を乗り越え、涙の初優勝を果たした。首位から出て3バーディー、ボギーなしの69で回り、通算16アンダーで並んだ神谷そら(20)=郵船ロジスティクス=とのプレーオフ(PO)を2ホール目で制した。コーチを務める父・真一さん(55)と親子でつかんだ悲願の1勝となった。
ウィニングパットを決めると菅沼の目から涙があふれた。「勝てないと思った時もあった。優勝することができてうれしい」。PO2ホール目。第2打をピン左1・5メートルにつけてバーディーで決着。プロ6年目の悲願を、苦楽をともにしてきた父と抱き合い、分かち合った。
高校2年の時に電車に乗っていて突然発症した「広場恐怖症」を抱えながら、プロ生活を送ってきた。前週まで通算121試合出場でトップ10入りは26度。優勝まであと一歩の試合が続いたが、持ち前の明るさで乗り越えてきた。「きょうはアイドルなので、バーディーが来ない時も怒らないように、笑顔で楽しく回れた」。最終日は気持ちは大好きな「乃木坂46」になりきってプレーした。2位の神谷と3打差でスタート。前半を終えて「1差」に縮められ、最終18番で追いつかれた。
初のPOはアンコール舞台に臨むかのように気分をアゲアゲに。V宣言では「いつも研究している」というアイドルポーズ。大勢のファンに囲まれ「菜々ちゃん」コールがわき上がった。今年から日本女子プロゴルフ協会のPRを担う「ブライトナー」は、両手で「[ハート]」を作る生キュンキュンポーズを惜しげもなく見せた。
笑顔の裏の一番の苦労は公共交通機関の利用が困難なことだ。新幹線や航空機が使えず、今季は全38戦のうち5試合が北海道、沖縄で開催されるため出場ができない。都内自宅から全国津々浦々、父が運転する車で移動。年間走行距離は地球1周(約4万キロ)を優に超える5万キロにも。「お父さん、疲れているのに、いつも応援してくれて感謝している」
埼玉栄高の後輩、双子の岩井姉妹に先に優勝をされ、焦りもあった。「みんなどんどん勝っているから、置いて行かれてる感はあった」。苦しんだ分、手にした1勝は喜びもひとしお。「2勝目をすぐ挙げられるように。ここで終わらず練習いっぱいして頑張りたい」。ゴルフ界のアイドル・菅沼が新たな一歩を踏み出した。(富張 萌黄)
◆菅沼「同じ病気の方々に、元気や勇気を」
菅沼は20年に「広場恐怖症」を公表した。広い場所や閉ざされた場所など、特定の場所で不安を感じる。優勝スピーチでは「活躍することで同じ病気の方々に、元気や勇気を届けられると思う。これからも一生懸命戦いたい」と呼びかけた。
プロ2年目の19年。両親と新幹線に乗ったが、発車ベルが鳴ったと同時に下車したこともあった。薬物療法が一般的だが、ドーピングの影響があり服用できず、カウンセリング治療を受けてプロ生活を送っている。
克服するために移動の車中で長いトンネルを通ったり避けていた渋滞も経験している。8月下旬から2週連続で北海道での試合が控える。今大会は左足にけがを抱えていたため欠場も考えたが、本州以外の開催地での試合に出ない分、結果を残したい思いで強行出場を決めた。「出て良かった」と思わず笑みがこぼれた。同じ悩みを持つ人に、明るいニュースを届ける。(萌)
◆広場恐怖症 不安障害の一つ。広場に限らず、特定の場所、空間で強い恐怖や不安を感じ、日常生活に支障をきたす病気のこと。恐怖を抱く対象で最も多いのが、すぐに逃げ出すのが難しい閉ざされた場所や状況に置かれた時。飛行機や高速で移動する新幹線などに乗る際にみられる。人混みが苦手なことが多い。投薬やカウンセリングなどの治療法がある。