
記念撮影する優勝したC・キム(左から4人目)ら選手たち(カメラ・今西 淳)
◆男子プロゴルフツアー 最終戦メジャー 日本シリーズJTカップ最終日(6日、東京・東京よみうりCC=7023ヤード、パー70、報知新聞社主催)
300ヤード超えのドライバーショットを放つキムを追って日本勢がこれでもかと群がったが、牙城は崩れなかった。連覇を狙うエースの石川のバーディーパットがことごとく外れて嫌なムード。谷原、岩田が並びかけて8アンダーで3者一線。17番パー5、谷原は3打目をバンカーに入れ5メートルにつけながらバーディーを逃したのが、悪い予兆だったか。同じ組の岩田はこのホール、9メートルに2オン。60センチのバーディーパットを入れれば9アンダーの単独トップという絶好のチャンスを逃し、勝ち運は去った。
歴史は繰り返された。1987年の第24回大会だ。雪で最終日が中止となり2Rに短縮された大会は、同スコアで並んだ青木と日系3世のイシイ(米)の2人のチャンピオンが誕生する。その結果、イシイが初の外国人賞金王に座った。日系とはいえ、シリーズのタイトルと賞金王の“2冠”を献上、日本中が悔しさにがっくりと肩を落としたものだ。
最終ホールがパー3というのは世界に40コースだけ。最難関のパー3ホールとして世界に知られる東京よみうりCCは64年、あの東京五輪年のオープン。66年、日本で2回目のカナダカップ(後のワールドカップ)の舞台となった。大会にはパーマー、ニクラウス、プレーヤーのビッグスリーが初参戦。大会はパーマー、ニクラウスが圧勝。日本は5位。だが、個人戦は杉本英世が16アンダーの大活躍、カナダのジョージ・ヌードソンとの2ホールのプレーオフの末に敗れ、悔し涙にくれた。
勝ったキムが強いのか。いや、勝ったから強いのだ。谷原42歳、岩田39歳は東北福祉大出身、さらに22歳の同大4年の金谷は、強いけど勝てなかった。「どうしても勝ちたかった」と谷原。めったに興奮を外に出さない岩田が目を潤ませた。強くても勝てなかった日本勢。この悔しさを忘れずに来年の五輪にぶつけよう。勝てば世界が強さを認めてくれる。それが勝負の世界だと思うが、どうだろう。(ゴルフジャーナリスト)