
全美貞
◆女子プロゴルフツアー ヤマハレディース 最終日(6日、静岡・葛城GC山名C=6475ヤード、パー72)
【ゴルフ担当・星野 浩司】 若手の実力派選手が毎年、ゾクゾクと米国へ主戦場を移している女子ゴルフ界。今年の国内ツアーは10代の新星や、20代の新女王候補らが優勝を争うだろう…。ゴルフ担当1年目。そんなことを考えながら静岡へヤマハレディースの取材に足を運んだが、V争いの中心にいたのはアラフォーの3人だった。
37歳の穴井詩(らら)、39歳・藤田さいき、42歳・全美貞(ジョン・ミジョン)。最終日の最終組は平均年齢39・3歳のベテランが並んだ。午前中は強い雨に見舞われ、記者の白いシューズは泥まみれに…。長い距離、傾斜の強いグリーンなどツアー屈指の難コースに加えての悪天候。それでも、前半9ホールでボギーは藤田の4番のみと、ショットにパットと熟練の技がさえる。「みんな、うまっ…」と何度もつぶやいてしまったが、特に圧巻だったのは全のプレーだった。
3番パー5は第3打を鋭いバックスピンで1メートルにつけ、4番は約4メートルのパットを沈めて連続バーディー。服は上下とも黒と“玄人感”が漂い、黒いハットの奥のクールな顔色は変わらない。ツアー25勝を誇るベテランの表情がゆがんだのは、最終18番だった。
2打差の穴井に17番で追いつき、迎えた最終ホール。第3打をピン横、約80センチにピタリと寄せた。自身のボールの内側へバーディーパットを外した穴井が先にパーパットを沈めた後、入れば優勝が決まる“ウィニングパット”。静寂の中で打ったボールがカップ右をくるりと回った。まさかの事態に、ギャラリーから「うわぁ~」「えぇ~」と驚嘆の声が漏れた。
「優勝はそんなに意識していなかったけど、思ったより切れて…。はじかれたので、しょうがないなと思った」。全は淡々と振り返った。プレーオフ(PO)は1ホール目で穴井に敗れ、つかみかけた26勝目はスルリと消えた。
穴井は「自分が(バーディーパットを)外した時点で、もう(優勝は)ないなと…」と一度は負けを覚悟。全の18番のパットを「当然、入る体でいた。複雑で喜べない。気持ちは分かるんで…」と本音をのぞかせた。藤田は「短いけど嫌なライン。優勝がかかる中でカップを外すくらいのラインで、切れなかったら嫌だなと感じだったのでは」。報道陣による囲み取材中にモニターで2人のPOを見守りながら、全の胸中を代弁した。
勝負を分けたのは「80センチ」のパットだった。10メートル以上のロングパットでも、10センチのパットでも一打は一打。下世話な話ではあるが、賞金だけ見ても、優勝は1800万円、2位は880万円だ。4日間、72ホールという長い時間を戦ってきて、その一打が数百万円の差を生む。残酷だが、それが現実でもある。
穴井の優勝セレモニーが18番ホールで行われていた頃。クラブハウスで取材に応じた全の言葉が印象に残った。
「優勝まで行けそうだったけど、そこまで行けなかったので、それは運じゃないですか。3人ともすごい仲いいし、いい選手だったから、そこについて行けるように私も頑張ったのが、こんなにいい結果になったと思う」
一打の重み―。わずかなズレで優勝を逃した悔しさ、はがゆさは少なからずあるはず。だが、日本の女子ツアーで長年経験を重ねてきた戦友との最終日最終組が、自身の力を引き出してくれたことに感謝していた。ほんの少しだけ浮かんだ42歳の笑みを見た時、真の強さを感じた。