石川遼、急死義母にささぐ初の2戦連続V…10年ぶり賞金王奪還&東京五輪へ「チャンスある」


自身初となる2試合連続優勝を果たし、ガッツポーズする石川遼(カメラ・宮崎 亮太)

自身初となる2試合連続優勝を果たし、ガッツポーズする石川遼(カメラ・宮崎 亮太)

 ◆男子プロゴルフツアー 長嶋茂雄招待セガサミーカップ 最終日(25日、北海道・ザ・ノースカントリーGC=7178ヤード、パー72)

 3打差首位で出た石川遼(27)=カシオ=が5バーディー、1ボギーの68で回り、通算20アンダーとして、自身初の2戦連続優勝で通算16勝目を挙げた。愛妻の母が、22日の第1ラウンド前に病死していたことを優勝インタビューで告白。初日から首位を走り、弔い星を3度目の完全優勝という最高の結果で届けた。約8年ぶりに賞金ランク1位へ浮上し、10年ぶり2度目の賞金王奪還や20年東京五輪代表入りへの夢も広がってきた。67で回った、フィリピンのJ・パグンサン(41)=JOYX=が4打差の2位。

 北の大地の夏空の下、大歓声がこだました。最終18番。60センチのウィニングパットを沈めると、石川は天を見上げて小さくガッツポーズし、神妙な表情を浮かべた。直後の優勝インタビューで複雑な胸の内を明かした。「今週始まる前に大変な出来事があって、きつかったが何とか乗り越えて…。木曜日の朝、大切な人を亡くしました。試合に出て良いのかどうかも考えた」と言葉に詰まった。「妻が大丈夫だから、と言ってくれて。お母さんが空で見守ってくれている、と思ってプレーしようと決めました」と振り返った。

 16年3月に結婚した中学の同級生で幼なじみの一般女性の母。50代で約1年前からがんで闘病していたという。石川は今大会前、病院へ見舞いに立ち寄り「頑張ってね」と送り出されていた。「高校生の頃から応援してもらっていた。日本プロの優勝も病院のテレビで見てくれて。『遼君が頑張っているから私も頑張ろう』と言ってくれていた」

 義母の亡くなった初日は出だし2ホール連続でボギー発進。「正直、今週始まる時は勝てるとは思っていなかった。きっと(義母が)自分のことを引き上げてくれたんだと思います。初日に2オーバーまで行った人が20アンダーというのは、自分の力だけじゃない」。この日は1番でグリーン右からチップインバーディー。5番もグリーン左からチップインバーディー。見えない力に後押しされているかのような圧勝劇だった。

 自身初の2戦連続V。11年9月のアジアパシフィック・パナソニックオープン以来となる、賞金ランク1位へと返り咲いた。「まだ先は長いので。良いゴルフができればまたチャンスがある。(10月日本初開催の米ツアー)ZOZOチャンピオンシップにも出場できるように頑張りたい」と10年ぶりの賞金王奪還も射程に入った。世界ランクも日本勢7番手の178位から、120位前後まで浮上する見込み。来年の東京五輪代表入りにも前進し「そこを目指してやっていきたい」と石川。次週のRIZAP・KBCオーガスタ(29日開幕・福岡)は葬儀で欠場する可能性もある。「優勝の報告ができることがうれしい」と急ぎ足で帰路についた。(榎本 友一)

 ◆遼に聞く

 ―最終日の自己評価は?

 「守りの姿勢でパープレーだったらプレーオフになっていた。自分の中で20アンダーは最低ラインで。本当に最低のところをクリアできたという最終日でしたね」

 ―今日のプレー中はお母さんのことは考えた?

 「最終ホールで見てくれているかな、という気持ちで1ホールプレーできて良い思い出になりました」

 ―大会会長の長嶋茂雄さんへのメッセージは?

 「いつもこの大会のことを気にかけてくださって、本当にありがたいです。業界を超えたゴルファーからも憧れの存在で、大会名に名前がついているだけでモチベーションも上がります。また、ここに来ていただけたらさらに僕の緊張感も増しますし、良いところを見せたいなという気持ちも強くなると思います」

 ―来週は渋野日向子さんが北海道でプレーします。

 「北海道の方は楽しみにしてほしいですね。彼女も頑張っていて、上位争いをしているので刺激を受けました。僕も頑張りたい」

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