ゴルフで東京五輪代表選出が確実な日本のエース・畑岡奈紗(22)=アビームコンサルティング=がこのほど、スポーツ報知の単独インタビューに応じた。コロナ禍で開催に懐疑的な声も上がるスポーツの祭典に向け、率直な思いを明かした。ゴルフは前回の16年リオデジャネイロ大会で112年ぶりに競技として復活。日米通算8勝、1998年度生まれ“黄金世代”の筆頭は、金メダルへの決意を口にした。(取材・構成=榎本友一、岩原正幸、宮下京香)
コロナ禍で迎えた五輪イヤー。男女ゴルフを通じて日本勢初のメダルを射程に捉えている畑岡は言葉を選びながら、静かに思いを語った。
「去年の時点で2021年に延期になったけれど、今の方がコロナの状況がすごく悪化してしまっているので、あまり『五輪をすごくやりたいです』と、言ってはいけないのかなと思います。もちろん選手としては4年に1回のチャンス。五輪に出たい気持ちはありますけど、なかなかそうも言い切れない状況なのかなと思います」
高校3年のプロ転向時から目標としてきたのが五輪だった。プロ1年目の17年から海を渡り、米ツアー3勝を挙げ、日本女子ゴルフ界をけん引。実績を重ねながら、金メダルを手にする夢も抱いてきた。
「五輪はプロ転向する時からの目標の一つ。まず出場することが目標で、代表に選ばれたらもちろん金メダルを狙いたい。表彰台の一番上に上がれるように頑張りたい」
世界の空気に触れたのが11年、中1の夏だった。陸上に熱中し、五輪=陸上のイメージだった当時、畑岡は父に連れられ、韓国・大邱で行われた世界陸上100メートル決勝の会場にいた。視線の先にいたのはウサイン・ボルト(ジャマイカ)。連覇を狙いスタートを切った最速男だったが、まさかのフライングで失格。大舞台を支配する独特な雰囲気を肌で感じ取った。
「韓国ではゴルフもしましたが、父が私に世界陸上を見せたかったみたいで、そっちの方がメインでした。決勝でフライング。一瞬、何が起きたのか分からなくて、すごくびっくりしました。スタート前の静かになるところの緊張感をすごく感じました」
畑岡は今、その世界の舞台に立てる位置までたどり着いた。五輪が開催される埼玉・霞ケ関CC東Cは、ジュニア時代にもプレーしたコース。16年の改修後は4ラウンドほど“下見”を行ったという。
「2グリーンだったのが改修で1つになったり、フェアウェーは以前、そこまで傾斜がなかった。日本のコースというより世界基準のコースに設計された印象で、全く違うコースに感じました。全部ドライバーで攻めていくよりは、しっかりマネジメントしていくのが大事だと思います」
コロナ禍での昨年は春先から夏場までの調整期間をプラスに変えた。結果、9月の試合ではトレーニング効果で飛距離アップを実感したという。
「試合がなかった期間はトレーニングに集中できたり、考える時間もできました。試合ができるのが当たり前のことではない。再開後は1試合ずつ、できることをやろうという気持ちが前よりも強くなりました」
主戦場の米国では、日本以上にコロナの感染が拡大。遠征先でも細心の注意を払う慣れない生活を、日本から送られてくる愛犬(3歳と1歳)の動画を癒やしに乗り切った。
「ホテルに着いたら、とにかく除菌。触れるものは部屋中やっています。外食は禁止で、食事はテイクアウトか母に作ってもらうか。ホテルとゴルフ場と空港を行ったり来たりで大変ではあるんですけど、実家で飼っている愛犬の動画を妹に送ってもらい見ていました。試合では毎週PCR検査を受けたり、慣れない部分はあったけど、プレーできる喜びをかみ締めてやるだけでした」
昨年末に帰国し、今月8日に渡米するまで国内で調整を重ねた。
「全体的にショットからショートゲームまで練習して、オフでしかできないような細かい数値を測ってもらったり、パターの合宿もしていました」
五輪開催は不透明となっているが、準備を怠ることはない。五輪での活躍の先に、ゴルフのさらなる認知度アップを見据えている。
「ゴルフを知らない人でも、五輪の競技というだけで少しでもテレビで見る機会はあると思う。こういうスポーツもあるんだと知ってもらえたら、うれしいです」
畑岡は今年、世界最高峰の米ツアーで節目の5年目を迎える。
「すごく早いなと感じます。優勝することもできているので、米国に行って良い経験ができています」
昨年は序盤2戦連続2位と好スタート、秋のメジャーで7位、3位と活躍したが、ツアー4勝目には手が届かなかった。
「元々、秋は得意でANAインスピレーションと全米女子プロにはうまく調整できたけど、12月まで調子を維持できなかった。今年は、ここまで4年やってきた経験を生かしながらやりたい。ツアーで毎年一つでも多く勝利を重ねられるようにしていきたいので、優勝することが目標。メジャーでも勝ちたい。勝つことを重視して、たくさん勝てるような選手になりたい」
同学年の日本勢も米ツアーに目を向け、昨年からは河本結が参戦。渋野日向子、原英莉花も来年以降の本格参戦を目標に掲げており、ともに戦うことを歓迎している。
「結ちゃんとはオフの週も近くにいる時は一緒にラウンドしたり、試合の練習ラウンドも一緒にできて、すごくリラックスできました。コロナでみんなピリピリしていた中でそういう時間があって良かった。今は日本人選手が韓国やタイの選手と比べて少ないので、そうやってどんどん日本のプレーヤーが増えたらうれしいなと思います」
畑岡は25日開幕のゲインブリッジ選手権(フロリダ州)で今年の初戦を迎える。
「日本ツアーにも出たい気持ちは強いですけど、隔離のこととかを考えると、今のところは米ツアーに専念しようかなと思っています」
【取材後記】昨年4月にも畑岡にインタビューする機会があった。その時に話していた目標は「世界ランク1位」。有言実行のため畑岡は、日本ゴルフ協会と連携して栄養管理や食事の改善を始めていた。毎日体重を測定し、週に1度のペースで専門家にフィードバックしてもらっている。「食べ物によって3か月後や半年後の体が変わってくる。ナショナルチームの栄養に関するミーティングも聞かせていただき、勉強になっています」と畑岡。前回の取材時より一層、体調管理に対する意識の高さを感じさせた。
日によってスタート時間が異なり、気象条件や移動も過酷な米ツアーを戦い抜くには、疲労を残さずにベストパフォーマンスを発揮できるかが大事な要素になる。コース内外での勉強熱心さ、飽くなき向上心が常にトップを争う原動力になっていると改めて感じた。(ゴルフ担当・岩原 正幸)
◆女子ゴルフの東京五輪への道 6月28日時点の世界ランクを基準に算定する五輪ポイント上位60人が出場権を得る。〈1〉同ランク15位以内は各国・地域で最大4人〈2〉16位以下は〈1〉の有資格者を含めて最大2人が出られる。8月4日から4日間、埼玉・霞ケ関CC東Cで72ホールストロークプレーの個人戦で争われる。
◆五輪のゴルフ競技 1900年パリ、04年セントルイス大会で開催。以降は除外され、2016年リオ五輪で112年ぶりに正式種目に復帰。コースは新設されたレセルバ・マラペンディGC(男子7128ヤード、女子6245ヤード、ともにパー71)。英国の「聖地」セントアンドリュースをモデルにした、平坦な海沿いのリンクスコースだった。男女各60選手が出場し、72ホールのストロークプレーで個人戦のみ開催。初出場の日本男子は池田勇太が21位、片山晋呉は54位。女子は野村敏京が4位、大山志保が42位。金メダルはジャスティン・ローズ(英国)、朴仁妃(韓国)のメジャー覇者2人が手にした。
◆畑岡 奈紗(はたおか・なさ)
▽生まれとサイズ 1999年1月13日、茨城・笠間市生まれ。22歳。158センチ。名前の由来は「NASA(米航空宇宙局)」から。父・仁一さんが「誰も成し遂げていないことをやってほしい」という願いを込めた。
▽ゴルフ歴 母・博美さんの影響で11歳から本格的にゴルフを始める。2014年日本ジュニア2位。15、16年世界ジュニア選手権優勝。16年全米女子アマで8強。同年9~10月の日本女子オープンでアマとして初めて国内メジャーを制する。10月、国内ツアー史上最年少17歳271日でプロ転向。
▽ツアー勝利数 米ツアー3勝(18年アーカンソー選手権、TOTOジャパンクラシック、19年起亜クラシック)、日本ツアー5勝(うち国内メジャー4勝)。
▽スポーツ歴 小学生の頃は少年野球チームで二塁手。G党で巨人・坂本勇人(32)を応援している。「去年、2000安打を達成したのはすごくニュースになっていたので、見ていました。野球はルールも分かるし、見ていて楽しい」。中学校では3年間、陸上部で短距離選手だった。
▽アイドル 好きだった嵐が活動休止に。「年末の最後のコンサートは動画で見ていた。さみしいけど、これから個人で活動するので楽しみ」。好きなメンバーは大野智(40)。