松山千春「カラオケで俺が歌うとジャンボが踊った」 尾崎将司さんお別れの会で秘話を語る


献花した松山千春(カメラ・今西 淳)

献花した松山千春(カメラ・今西 淳)

 昨年12月23日に78歳で死去した男子ゴルフ界のレジェンド、尾崎将司(本名・尾崎正司)さんのお別れの会が16日、東京・帝国ホテルで行われ、約1000人が参列した。

 約40年来の親交がある歌手の松山千春は「あいつはトーナメントではとんでもない記録も、記憶も…男子ゴルフ界の歴史を変えるような男だった」と追悼。プライベートでも親交が深かったといい「メシを食ったり、カラオケもよく行った。あいつもカラオケが好きで、演歌・歌謡曲といろいろ歌った。俺が北島三郎さんの『山』を歌うと、ジャンボが踊り始めた。みんなで楽しくやった思い出がある」としみじみ語った。

 尾崎さんは徳島・海南高(現・海部高)3年時の64年センバツで甲子園優勝投手に。翌年に西鉄(現・西武)入りし、3年間プレーした。松山は当時について「(元プロ野球投手の)稲尾(和久)さんは『ブルペンで投げてる時は尾崎は速かった。でも、試合になると尾崎は打たれた。どこが違うんだろう。精神的なものかな。やつには優しさが残ってたんだろうな』と話してた」と回想。さらに「あいつは自分で言ってたけど、福岡で野球以外にゴルフ、ボウリングをやってた。プロゴルファーになるか、プロボウラーになるかいろいろ考えた末にプロゴルファーになった。それが大成功し、とんでもないプロゴルファーを生んでくれたことに感謝します」と話した。

 多くのプロゴルファーと親交がある松山だが、「その中でもジャンボは最高のプロゴルファーだった」とたたえた。

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