【藍のメモリー】(1)ブリヂストン・中原氏が語る「変わらぬ藍」 宮里藍に密着連載


エビアン選手権に向け、練習ラウンドを行う宮里藍(カメラ・高橋 宏磁)

 スポーツ報知は現役最終戦に臨む宮里藍に密着。連載「藍のメモリー」で、親しい関係者や選手の証言をもとに、素顔や実像に迫る。第1回、2回は2003年の用具契約から長期間、ギアを支えてきたブリヂストンスポーツの中原創一郎氏(42)。

 藍プロは、試合に臨むまでのルーチンがずっと変わらない。スタート1時間前から会場で練習。パターから始めて、ドライビングレンジで打って、アプローチしてパターで終わってティーオフ。食事は、もうアメリカ人のようになっていて、翌朝のスタートが早ければ夕飯がパンケーキだったり。初日のスタートが遅くて翌日が早いときは、コースからホテルへの帰りにワッフルハウスへ寄ったり。総菜を買って、駐車場の前にあるテントで食べることも。お酒はほとんど飲まない。

 用具へのこだわりは強い。特にウェッジは特徴的。2003年のプロ入りからスペックは、ほぼ同じ。溝が減ってなくなったりするので、ヘッドは同じものを年に何本か付け替えて使う。長さ、バランス、重さはジュニアの頃から変わっていない。サンドウェッジはすごく重い。スチールシャフトのダイナミックゴールドのS200で、男子プロが使うすごく重いヘッド。通常の女子プロよりも15グラムくらい重い。お父さんか2人のお兄さんのおさがりのクラブで始めた名残かな。独特の感覚を持っているんです。

 毎年、新製品を僕らから提案して使っていただく。評価基準は厳しい。ドライバーは1ヤードでも余計に飛んだら使うけど、同じ飛距離なら使わない。メリットが出ないと絶対に替えない。最近では、ユーティリティー(UT)の切り替えがなかなかできなかった。飛び過ぎてもいけないんです。「14本のクラブの距離のバランスが崩れないように」「3ヤードキャリーが出過ぎる」などと、替えなかったこともあった。今、一番古いクラブは6UTで11年モデル。これは最後まで変わらなかった(笑い)。厳しい姿勢を持ったプロです。

 正式に用具担当をしたのは03年の契約直後~06年と11~13年。それ以外でも、ボールやクラブテストなどで1年に数回は会ってきた。身長155センチの体で12年間も大きなけがなく、4日間大会が多い米ツアーで9勝。米ツアーの練習場に行くと一番小柄で。何であんなに小さいのに、こんなに成績を残せるんだろう…と。

 練習では長所を伸ばしていた。ショットは誰にも負けないコントロールを磨いた。再現性の高いスイングで、しっかり自分の距離を打つことができる。ツアー中もトレーニングを欠かさず、ゴルフに結びつけた生活。だから、世界ランク1位までいけたんでしょう。

 藍プロに初めて会ったのは東北高2年の時。父の優さんに紹介され、試打したんです。第一印象で「体が小さいのにこんなにボールを遠くに飛ばせるのか」と驚いた。フォロースルーが大きくてスイングリズムもいい。そこは昔も今も変わっていませんね。(構成・榎本 友一)

 ◆中原 創一郎(なかはら・そういちろう)1975年6月19日、東京・世田谷区生まれ。42歳。8歳でゴルフを始め、鹿児島・国分高3年の九州大会で2位。専大ゴルフ部から98年に本間ゴルフに入社し、2002年にブリヂストンスポーツ入社。国内外で男女のゴルフツアー担当として活躍中。

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