松山よ、リオ五輪に出場すればすべてよくなる 武藤のコラム


 6月29日付けの本紙に松山英樹の近況が報じられた。米・フロリダ州オーランドの自宅を拠点に全英オープン、全米プロ、そしてリオデジャネイロ五輪を目指す直前情報だ。ここ2戦、予選落ちで気勢の上がらない松山の独占インタビューにはトーナメント中には見せない素顔がのぞき貴重なリポートとなった。「ジカ熱のリオデジャネイロ五輪は出場しないかもしれない」との爆弾発言や不調に悩む心情も吐露されて興味深く「やっていることの何が正しいかわからない」とまで言い切って悩みは深いようだ。様々な角度から考察してみた。

 ジカ熱感染を心配した“松山のジカ熱”は深刻なようだ。2週前の全米オープンで右腕、リストの5センチ上にテープを巻いていた。2年前、左親指を痛めその影響で左手首故障。そのため強い練習が長期間できなかったことがある。左を痛めると右に負担がかかると次に右を痛める。連覇のかかった「メモリアル」次いで「全米オープン」と連続予選落ちは右手の故障か、とびっくりした。
 だが、実は虫刺され。だが、たかが虫刺されではすまなかったのだ。右腕がはれ上がりテープをきつく巻き付けての苦肉の応急措置だった、という。
 ジカ熱で五輪がピンチだ。マキロイがリオ出場辞退を決めたのをはじめ米プロバスケット(NBA)の今季王者、キャバリアーズのエースで最優秀選手のレブロン・ジェームスらも辞退した。これからも辞退者は増えそうだ。個人的な事情の決断に失望しながらも競技連盟や協会としても個人の決断を無視することができなくなっている。

 そんな中で松山の発言はゴルフ界全体の悩み、日本ゴルフ界には衝撃だ。リオ、そして2020年東京大会とゴルフが復帰。これでゴルフの先行きは明るい、などと喜んだが、簡単なものではなかった。
 松山の問題は複雑なようだ。「五輪で国を背負うことは大事だが、4年に1回、絶対にミスできいという状況で戦っている選手と比べて僕たち(ゴルファー)はどうなんだろう」と疑問を抱く。これは説明がいるだろう。松山は「メジャーという年間4つの“オリンピック級の大会があるゴルフ界がほかの競技の選手と同様の情熱をオリンピックにささげられるのか」と問いかける。
過去にバスケットボール、メジャーリーグ、サッカーリーグとオリンピック規模、いやそれ以上のビッグイベントを抱えるスポーツが抱えた課題は、いまゴルフのトップ選手になんの解決にもならないまま問題として残るのだ。ジカ熱は過密日程や情熱的戦いができるかどうかという問題と混同できない、だが、疑問として残るところに複雑性がある。 何が複雑かといえば松山がこうして深刻なのはそのゴルフの不振に関係があることだからだ。

 松山は悩んでいる。「マスターズの前には1日2時間くらいしか眠れなかった」「全米オープンの予選落ちのあと、宮里優作さんに、お前のいない分を俺たちが頑張るよと言われてめちゃうれしかった、泣きそうになった」一人で戦う日本代表としてのメジャーの重圧に押しつぶされる松山がそこにいた。そんなに苦しんでいたのかと驚いた。 悩み節は続く。
 「アメリカに来た初めてのマスターズの方が球は飛んでいた。いま体重90キロあるのに飛ばない、飛距離は体重と直結しない」「アプローチがうまくなれば勝てるといわれてやってきたが、今は寄らない、入らない。飛距離も出ない。ストレスをずーっと抱えている」
 3年前に渡米したが「ゴルフは絶対あの時の方がうまかった」と言い「いま?それが感じられない」と断言する。
 こういうことだ。
 「自信があったときスイングには軸がある。ピッチャーでも打者でも技術を出せる体の軸があるから不調でもそこに戻れる。ラウンド中に調子が悪くてもそこに戻れば軸が戻ったのが今は戻れない。ケガもしクラブも体も変わっていることもある。精神的にも軸がなくなっている。そこばかりを求めるのは良くない、でも取り組まなければ何も起こらないと思うからよけい焦る。全米オープンの終わったとき“何をやっているのかわからない”といったが本当のことです」
 今年、フェニックスオープンで2勝目をあげた。さあ、メジャーだと迎えたマスターズは7位。さらなる飛躍を目指して「5月中頃にスイングを大幅に変えた」という。メモリアル、松山のスイングはプレーンが大きく、スムーズで期待が持てた。トップで逡巡するような、長すぎるトップ・オブ・スイングが姿を消し、よどみなく“新しい世界か”と目を見張ったものだ。全米オープンではジョーダン・スピースとダスティン・ジョンソンと同組の晴れ舞台。だが、ショットは、松山がアメリカに来てこんな乱調は初めて、というほどうまくいかなかった。2日間、12オーバー。4年連続の全米オープンで初、メジャーは14年マスターズ以来9大会ぶりの予選落ちに沈んだ。

 スイング改造は何をもたらしたか。結論はこうだ。
 「5月に改造し(ショットが)めちゃいいので喜んだが、メモリアルでボロボロ。オークモント(全米オープン)で微調整しいい感じになったと思ったら全然だめだった。ショックだった。結局何を変えたんだろう、何のために何をやろうとしたんだろう、と考えている。いまはスイングコーチがほしいもん」「どう?って聞いたらここだよ、と(問題点を)普通に返してくれる人が(いて)ほしい」―

 この松山の問いかけに誰が応えられるだろうか?誰もいまい。なぜならレベルの差こそあれゴルファーの抱える古今の悩みが今の松山英樹に集約されているからだ。応えて曰く。
 「頭残しすぎじゃないか」「90キロ?太りすぎじゃない?」「中距離ヒッターにしたら?飛距離だけがゴルフじゃあないでしょう」「アプロ―チとパットが下手になった。あ、そりゃイップスだ」―誰に聞こうが古今東西、その解決策は言い尽くされた“うしろ向きの助言”にとどまるだろう。
 いま、ウィンブルドンで錦織圭が夢を追い始めた。優勝を口にし、目標を見据えている。テニスは相手がいるから戦力を練り作戦を立て自信満々に見える。何がニシコリの自信を保証しているのかと考えてふと思い当たった。コートを相手に戦うことを知っている目だ、あの自信に満ちた目は…。松山のインタビューからは自分と戦う迷える子羊の姿しかみえない。錦織と比べたら。自分も含めた人とでなく敵はコースだ。コースと戦ってみたら? 戦略はおのずから立つだろう。
 球聖ボビー・ジョーンズはその回顧録「ダウン・ザ・フェアウェー」でいっている「ゴルフは誰かに対してプレーするのではなく、何かに対してするものであるいうことに気づかなかったら、私はメジャーに勝つことなどなかっただろう。そう言っても間違いではないと思う。なにか、とはパーのことだが…」ゴルフはパーおじさんとの闘い。あの有名な“オールドマンパーの発見”である。
 そしてジカ熱には長袖のシャツだ。
 夏、ゴルファーは毛虫や蚊に悩まされるものだ。だからリオは長袖。それだけ気をつけていても林やブッシュの中でチクリとかゆみが来る。そして首筋や手足に湿疹ができると1週間、時には2週間もかゆみが続き、痛みに悩まされたものだ。だが、最近はヒルドイド系の軟膏薬と抗生物質であっという間に治る。調子が悪いからと言って虫のせいにしてはならない、というルール、いやマナー?を、持参のメモ帳に書き加え、そしてリオに出場すべし。そして輝くメダルを日の丸のもと、君が代の伴奏で首からぶら下げればいい。ヒデキの世界で戦う姿をテレビでしか見たことのないオールドマンじいさんからの励ましとお願いである。

 
武藤 一彦(むとう・かずひこ)
ゴルフジャーナリスト。コラムニスト、テレビ解説者。報知新聞には1964年入社、運動部に所属、東京オリンピックはじめボクシング、ゴルフ、陸上担当。編集委員、専属評論家も務めた、入社以来50年、原稿掲載の”記録”を現在、更新中。
日本ゴルフ協会広報参与、日本プロゴルフ協会理事を経て日本プロゴルフ殿堂表彰選考委員、日本ゴルフ振興協会広報メディア委員、夏泊ゴルフリンクス理事を務める。

ゴルフは4メジャーのほか、ワールドカップなど取材、全英オープンは1975年から取材し日本人記者のパイオニア的存在。青木功のハワイアンオープン優勝にも立ち会った。1939年生まれ。東京都出身、立大出。

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