タイガーウッズが5年ぶり優勝 通算80勝 -米ツアー最終戦「ツアーチャンピオンシップ・ナイスプレーヤー3態 武藤一彦のコラム


 米PGAツアーの最終戦「ツアー選手権」は23日、米ジョージア州アトランタのイーストレークGCで最終ラウンドを行い、タイガー・ウッズ(42)が逃げ切りで優勝を飾った。首位のウッズは2バーディー3ボギーの1オーバー71とスコアを崩したが、通算11アンダー、2位ホーシェル(米)に2打差をつける楽勝、2013年の「ブリヂストン招待」以来、5年ぶりの優勝だった。プロ通算80勝。本格復活に向けサム・スニードの持つ82勝のツアー最多記録も10月からスタートする18-19年シーズンに更新確実、新たな時代が始まる。

 

 「精一杯やった。けがなどで厳しいシーズンが続いたが、少しずつ自分のスイングを見つけ、徐々に自信を深めることができた」ホールアウト後、突き上げるものがあり声を詰まらせながらインタビューに答えた。

 

 USA!USA!のコールが怒涛のように吹き荒れた。タイガーの復活をアトランタの観衆は心待ちしていたのだ。97年、初優勝したメジャーは地元開催のマスターズだった。ギャラリーは復活を心待ちしていた。「ここで勝てて本当に良かった。80勝?どの勝利もやさしいことではなかったが、周りの人、選手たちにも支えられここでまた勝てた、本当にうれしい」目頭を押さえた。

 

 1番でバーディー。10番でボギーをたたいたが、13番のバーディーで13アンダー。その時点で2位に4打差。終盤、もたつき2ボギーで11アンダーに後退したが、大勢は変わらなかった。得意のノックダウン、パンチショットでの低い弾道に徹した。38歳までのパワーゴルフは完全に姿を潜めていた。5年の“空白”は、タイガーを替えるに十分だった、いや変えざるを得なかったのだろう。目を引いたのは今回の勝因の第一に挙げられるショートパットの充実だ。「5フィート(1・5メートル)」と自らが言うショートパットはついにこの4日間で1回も外していなかったのではないか。いや、この好調なこの2か月の勝負どころで外したのを見たことがない。ロングパットを動物的な勘とセンスで見せつけたパット巧者は、巧みなショートパット巧者へと変身を遂げて見事だった。新生・ウッズの今後はさらなる世界を現出し、新たな世界に突入することになる。

 

 年間の王者にはリオデジャネイロ五輪の金メダリスト、ジャスティン・ローズ(英国)に輝いた。38歳。南アのヨハネスブルグ生まれ、ロンドンに移り住み1998年、17歳のアマ時代の全英オープンのローアマ、全体の4位に食い込んだ天才は、その翌週、プロ入りして今日がある。ゴルフが五輪に復活した金メダリストのプロ世界一である。もっともふさわしいチャンピオンだ。38歳がキーワードだ。

 

 松山はこの日ベストスコアタイの5アンダー65、16位から通算6アンダーの4位に食い込んだ。今季は左親指付け根を痛め不本意な成績。意地で粘り抜いた。「最終日にスコアを伸ばす」とプロとしての信条、誓いを守り抜いて収穫だ。
 「トップ10を常に維持し粘るゴルフをしなくてはならない。そのためにはショットの安定が不可欠。さらにショットを磨き、シーズンを通して10位以内に入るゴルフをやりたい」
 ショットの生命線を握る左親指のけがはこの好成績で解決を見た、と受け止めた。ウッズの復活とローズの台頭は、粘り強さを目指す松山にいい刺激となった、と信じたい。38歳までにローズの域へ、それがだめでも42歳のタイガーもある。のんびり行けばきっといいことがある。

 

武藤 一彦(むとう・かずひこ)
ゴルフジャーナリスト。コラムニスト、テレビ解説者。報知新聞には1964年入社、運動部に所属、東京オリンピックはじめボクシング、ゴルフ、陸上担当。編集委員、専属評論家も務めた、入社以来50年、原稿掲載の”記録”を現在、更新中。
日本ゴルフ協会広報参与、日本プロゴルフ協会理事を経て日本プロゴルフ殿堂表彰選考委員、日本ゴルフ振興協会広報メディア委員、夏泊ゴルフリンクス理事を務める。

ゴルフは4メジャーのほか、ワールドカップなど取材、全英オープンは1975年から取材し日本人記者のパイオニア的存在。青木功のハワイアンオープン優勝にも立ち会った。1939年生まれ。東京都出身、立大出。

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