全英優勝の日系モリカワにあやかりたい日本ゴルフ 武藤一彦のコラム


 第149回全英オープンは米、日系プロのコリン・モリカワが逆転で初優勝を飾った。18日、イングランドの名門、セント・ジョージズGC(7189ヤード、パー70)で行われた最終日、南アのウエストへ―ゼンと1打差2位スタート、7番から3連続バーディーで首位に立ち14番、8メートルのバーディーを決め、追いすがるジョーダン・スピースに2打差の快勝だった。
 カリフォルニア州ロサンゼルス生まれ、名門UCLAバークレー校出身の24歳。19年全米プロに次ぐメジャー初出場、初優勝は全英史上6人目の快挙となった。
 3アンダー67、9位スタート、2日目64、3日目は68で2位。ショットが安定していた。4日間でわずか4ボギー、最終ラウンドはボギーなしだった。英独特のリンクスコースは初体験。前週はスコットランドオープンに出場し71位。好材料はなかった。大会前こんな印象を語っていた。「イングランドはアメリカとは明らかに違ったが、スコットランドのリンクスとも違った。僕にとっては勉強するコースだった。感性にまかせ新しい自分を開発するクリエイティブなプレーを心掛けた」という。口で言うのは簡単だが、行うは難し。凹凸の激しいコース、球はどこに止まるかわからない、無理攻めせず怒らず焦らず。いい意味の開き直りだ。グリーンキープ、感性に身をまかせた。ここからは勝手に考えるしかないが、10メートルくらいのパットが誰よりも気持ちよく、必要とする場面で入った。9番の8メートル、14番、10メートルがそれ。勝負所の最終日、2つのウイニングパットが、初メジャーで2勝を上げる快挙の原動力となった。

 

 開催コースのセント・ジョージズは日本の全英オープン史と深い関係にある。日本人全英初参戦は1932年、宮本留吉が隣接する姉妹コースのプリンセスコースにただひとり出場。9番で10を叩き予選落ちした。が、これが日本の苦難の始まり。コースは、日本の全英史上、大の苦手コースとなった。即ち85年は5人、93年6人、03年8人、11年は6人、そして今大会、日本は5人が出場しながら、決勝ラウンド進出は木下陵介ただ一人、2オーバー59位であった。5大会で延べ30人中、予選通過はわずか4人だけ。惨憺たる戦績だ。ちなみに1932年、優勝はジーン・サラゼン(米)。 サラゼンはその2週間後の全米オープンも勝っている。歴史の流れは明暗をはっきり分けて米有利である。
 米国生まれの日系人モリカワ、漢字の当て字は森川か、盛川か。そんなこともこだわりたくなる、われらがヒーロー。バーディーパットの成功率ランク170位台のパットの苦手を克服していまやクロウグリップの名手である。この調子だと、残るマスターズ、全米オープンも来年中には獲得、生涯グランドスラム達成も時間の問題なのか?日本もあやかりたい?奮起を促す次第。

 

武藤 一彦(むとう・かずひこ)
ゴルフジャーナリスト。コラムニスト、テレビ解説者。報知新聞には1964年入社、運動部に所属、東京オリンピックはじめボクシング、ゴルフ、陸上担当。編集委員、専属評論家も務めた、入社以来50年、原稿掲載の”記録”を現在、更新中。
日本ゴルフ協会広報参与、日本プロゴルフ協会理事を経て日本プロゴルフ殿堂表彰選考委員、日本ゴルフ振興協会広報メディア委員、夏泊ゴルフリンクス理事を務める。

ゴルフは4メジャーのほか、ワールドカップなど取材、全英オープンは1975年から取材し日本人記者のパイオニア的存在。青木功のハワイアンオープン優勝にも立ち会った。1939年生まれ。東京都出身、立大出。

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