谷口徹は中村寅さんになれるか 武藤一彦のコラム


 谷口徹は中村寅さんになれるか。なってほしい、いや、なるべきである。
 日本ツアー最古のプロ競技、第86回「日本プロ選手権」は5月13日、千葉・房総CCで最終日を行い、50歳を超えたシニアプレーヤー、50歳92日の谷口徹が藤本佳則をプレーオフで下し、大会およびメジャー競技の最年長記録の快挙となった。従来の記録は96年「ゴルフ日本シリーズ」尾崎将司の49歳312日。従来の記録を1歳上回った。
 谷口は日本プロ3勝に加え日本オープンの2勝を含むメジャー5勝、通算20勝の大台に到達。その間、02、07年と2度の賞金王にも輝いた。これによって日本ツアーを代表する選手として益々、目が離せない存在となったわけだが、ここに新たに日本ツアーの最年長記録への挑戦という課題が浮上してきた。中村寅吉の持つ56才5か月と4日という、さらなる次の記録への挑戦である。

 

 ツアーの最年長優勝記録は02年、ジャンボ尾崎が「全日空オープン」で達成した55歳241日である。この記録はメジャーだけでなくこれまで行われた競技、すべてを通しての記録である。だが、歴史は深い。日本ツアーが賞金制度など確立した1973年以降に限れば尾崎だが、それ以前にれっきとした中村寅さんの56歳を筆頭に、50歳代の優勝記録は20以上もある。なかでも1969年の戸田藤一郎の「関西プロ選手権」の54歳優勝は燦然と輝く大記録だった。そして、ここで取り上げた中村寅吉の1972年の56歳優勝である。
 だが、この記録は歴史上、現在のツアーからは抹殺されている。

 

 寅さん、56歳優勝の競技記録を以下に記した。
 1972(昭和46)年2月12日~13日の開幕戦、「沖縄TVカップ」(大京カントリークラブ)だった。競技は1日27ホール、2日間54ホール大会として行われ、中村寅吉が56才と5か月と4日で優勝した。中村は1915(大正4)年9月9日生まれ、満年齢で56歳を過ぎの優勝である。以下に成績を記した。「ゴルフ何でも百科」(ゴルフ春秋社)

 

 ▽沖縄TVカップ(大京CC 6380ヤード、パー72)

 1中村寅吉 210-105,105
 2細石憲二 213-104,109
 3今井昌雪 213-101,112
 4日吉定雄 214-108,106
 5山本善隆 215-106,109
 6橘田 規 216-104,112
 6宮本省三 216-104,112
 6新井規矩雄216-103,113
 9沼沢聖一 217-111,106
 10杉原輝雄218-106,112
 10村上 隆218-110,108
 12尾崎将司219-111,108

 

 この試合の参加人数などは不明だが、当時、沖縄の日本復帰記念の行事として大々的に開催された。プロ3年目、24歳、前年賞金王の尾崎が出場し6オーバーで12位、賞金6万7000円を手にした。ほかに杉原、村上隆、橘田規の名前もみえる、学士プロの関東第1号,新井規矩雄〈東洋大出〉沼沢聖一(日大出)の名もなつかしい。日本中の100数十人のプロが参加、本土復帰を祝った雰囲気は覚えている。そんな大会がなぜ歴史の話題にもならなかったのか。それは1日ワンハーフ、1日半を2日間でやった中途半端な試合だったからだ。しかし、当時、トーナメント規定などなく、どの大会もツアーとして認知されていた。れっきとした日本プロゴルフ協会の公認競技だった。その証拠にこの年の賞金王の尾崎は国内9勝を挙げ、海外の1勝を加え10勝、2年連続の賞金王として認められている。寅さんの優勝は56歳が若手を破ったと大騒ぎになったものだった。

 

 谷口である。最終日、大詰めにきて大粒の雨に見舞われた終盤、すばらしいプレーで藤本を追い詰めた。17番で4メートル、18番パー5は7メートルのパーパットをねじ込んだ。同組で逃げ込みをはかる藤本は15番、17番とボギー。中でも17番はショットを深いラフに入れ自滅した。18番を使ったプレーオフ2ホール目はティーを25ヤード前に移し、2オン可能な設定に変えた。飛距離のでる藤本に2オンの可能性が高まる中、藤本のショットは右傾斜の深いラフへ。谷口は第1打をフェアウエーに運び、ツーオン狙いのセカンドを右バンカー。3打目を5メートルにつけ決着となるバーディーパットをきめた。

 

 「ラインが見えたら入るものと決めてパットを入れに行くタイプ」、「ぼくにはひとをレッスンすることはできない。感覚でやるゴルフだからだ。」と言い放つ職人。そんな足元には武藤俊憲、市原弘大、女子プロが集まって自然発生的にできた”谷口軍団“の総帥。優勝後は、優勝祝いの”水かけ“を待ち伏せするそんな弟子やギャラリーを前にインタビューは涙、涙で雰囲気はしんみりしたものになった。

 

 5年シードがある、と質問されると「若い人に元気をもらってこの年までやってきた。奇跡だ、でも重い」とため息が出た。「最年長記録?ジャンボさんの足元にも及ばないけど5年間、プレーできるように頑張ります」
 涙の下から振り絞るように言った。
 ドライバーを持たせたら天下一品。ニュードライバーが出ると後輩たちが、自分のクラブを試し打ちしてもらうため長蛇の列ができたという伝説の持ち主だ。56歳の寅さんができたことなら僕にもやれる、と思えたときに何かが起こるに違いない。その先に中村寅吉が控えている事を知ったらやる気を倍増させるかもしれない。ちょっと変わりものだ、何がきっかけになるか、いつもそんな中から驚きを供給してきた。

 

武藤 一彦(むとう・かずひこ)
ゴルフジャーナリスト。コラムニスト、テレビ解説者。報知新聞には1964年入社、運動部に所属、東京オリンピックはじめボクシング、ゴルフ、陸上担当。編集委員、専属評論家も務めた、入社以来50年、原稿掲載の”記録”を現在、更新中。
日本ゴルフ協会広報参与、日本プロゴルフ協会理事を経て日本プロゴルフ殿堂表彰選考委員、日本ゴルフ振興協会広報メディア委員、夏泊ゴルフリンクス理事を務める。

ゴルフは4メジャーのほか、ワールドカップなど取材、全英オープンは1975年から取材し日本人記者のパイオニア的存在。青木功のハワイアンオープン優勝にも立ち会った。1939年生まれ。東京都出身、立大出。

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