「マスターズ」ラーム優勝 武藤一彦のコラム


 米PGAツアー、今季メジャー初戦となる「マスターズ」は10日、米ジョージア州のオーガスタナショナルGC(7545ヤード、パー72)で最終日を行い、ジョン・ラーム(スペイン)、ブルックス・ケプカ(米)のパワーヒッター対決、ラームが69、通算12アンダーで今季米ツアー最多の4勝目をあげマスターズ初優勝。スペイン勢としては1980,83年,セベ・バレステロス、94、99年のホセ・マリア・オラサバル、2017年のセルヒオ・ガルシアに次いで4人目のマスターズ優勝。大会2年ぶり2度目の優勝を狙った松山英樹は最終ラウンド、アウトを終わって首位と5打差。75、通算2アンダーの16位と健闘した。

 

 大会は30度を超す炎熱の第1日から一転、第2ラウンド以降、気温6度、豪雨で競技は計2回にわたって中断する悪コンデション。最終日は、第3ラウンドの残りと正規の18ホールを行うなどV争いは混とんとする中、最終日、松山が27ホールを終え首位に5打差に詰め寄るまれにみる激戦。日本のファンにとっては中身の濃い大会となった。

 

 優勝争い。先に仕掛けたのは32歳、ケプカだ。第2ラウンド、4つのパー5を1イーグル、3バーディーとロングホールだけで”5アンダーの猛攻”から12アンダー、一気に首位に立った。だが、ラームも引かず10アンダーで2位、同組対決は互いにひかない激戦となった。さらに注目の第3ラウンドだ。2番パー5、そろってバーディー、ケプカが13アンダー、ラームが11アンダー。このあたりから天気が大荒れ、寒さも加わる。たまらずラームが4,5番とボギー、6番をホールアウトその差が4打と開いたところでサスペンデッド。残りは日曜日へ持ち越された。そう、最終ラウンドはそのプレー終了後に行うことに決まった。87回を数えるマスターズ史上、初の非常事態へと突入した。

 

 幸い最終日、快晴、気温が上昇、「パトロン」と呼ばれるギャラリーも戻った。松山は米ツアー、自己8勝目の「ソニーオープン・イン・ハワイ」をプレーオフで下したヘンリー(米)とのラウンド、ティーショットが曲がり、ボギーが先行しながら2バーディー、2ボギーのアウト36でターンするとその時点で首位のケプカとラームが10アンダー、その差は5打差と縮まった。最終ラウンドは”我慢比べ“となった。全選手、前日の残りを消化したのちの最終ラウンド、18ホール、疲れがピークに達していた。そんな中、ラームは11,12番のバーディー、ついに12アンダー、首位に立った。米ツアー8勝のうちメジャー4勝のケプカが12,14番をボギーと明暗が分かれたのだ。ラームが逆転優勝。ケプカは52歳シニアのミケルソンと2位を分けた。

 

 ラームは1994年生まれ。米・アリゾナ州立大へ留学、この日、3位に食い込んだ52歳フィル・ミケルソンの後輩。大学ではミケルソンの弟で同大学コーチのティム・ミケルソンの教えを受けて育った。2016年には全米オープンでローアマを獲得、全米アマランク首位、最優秀選手に贈られるベン・ホーガン賞を受賞。その後プロ転向、17年「ファーマー・インシュランス」優勝、21年には全米オープンでメジャー優勝、米ツアー10勝。
 優勝後のインタビューで「セベ(バレステロス)のような選手になりたいとプロ入りし、今回の優勝は一緒に出場したセルヒオ(ガルシア、今大会予選落ち、米ツアー11勝)に励まされ勇気をもらった。」と感謝する。「彼には豊かな経験から得た彼の知恵を惜しみなく教えられた」と優勝会見で明かした。剛腕・ケプカの圧力を跳ね返す力と実績は「今季の戦績にあり」と明かした。
 今季は2023年1月第一週の開幕戦の昨シーズンの王者だけの争い「セントリー・トーナメント選手権」(ハワイ州プランテーションコースatカパルア、36,37=パー73) の最終日、コリン・モリカワにつけられた7打差を最終日、ボギーなしの1イーグル、9バーディー63、インでは4連続バーディーのあとの15番イーグル、そして18番もバーディーの31でひっくり返した。モリカワが14番から3連続ボギーをしたばかりにスタート時、9打あった大差をひっくり返したのである。
 喜びの優勝インタビューで勝因を聞かれると怒ったような顔で胸をこぶしでたたき「フィーリンググッド!プレーインググッド!スインググッド!」と熱い胸をたたいて吠えたという。「良いゴルフがすべてだ」というのだ。今年に入って4勝である。松山の2勝目もケプカのメジャー5勝目もすべてを吹っ飛ばした。そういえば情熱のスぺイン舞踊は怒った顔で踊るのだという。ラームから笑顔が消えた。ラーム時代が始まった。

 

武藤 一彦(むとう・かずひこ)
ゴルフジャーナリスト。コラムニスト、テレビ解説者。報知新聞には1964年入社、運動部に所属、東京オリンピックはじめボクシング、ゴルフ、陸上担当。編集委員、専属評論家も務めた、入社以来50年、原稿掲載の”記録”を現在、更新中。
日本ゴルフ協会広報参与、日本プロゴルフ協会理事を経て日本プロゴルフ殿堂表彰選考委員、日本ゴルフ振興協会広報メディア委員、夏泊ゴルフリンクス理事を務める。

ゴルフは4メジャーのほか、ワールドカップなど取材、全英オープンは1975年から取材し日本人記者のパイオニア的存在。青木功のハワイアンオープン優勝にも立ち会った。1939年生まれ。東京都出身、立大出。

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