これを待っていた。福島浩子の予想外の優勝が日本ゴルフを元気にする。 -プレーオフつきの完全優勝「グランドスラム・パーフェクトウイナー」を達成したアッコの妹、福島浩子 武藤のコラム


 女子プロゴルフツアーは福嶋浩子が大方の予想を覆して優勝を飾った。女子ツアー9戦「サイバーエージェント・レディス」は福嶋晃子の妹、38歳のベテラン、浩子が最終日、最終組の重圧をしのぎプレーオフの末、優勝を飾った。相手はここのところ男女とも完敗中の“驚異のゴルフ王国”、韓国の賞金女王(11、12年)、27歳のキム・ハヌル。勝ち目はないと思われたが、ツアー参戦10年目のベテランは、勝利をもぎ取った。大殊勲だ。

 アッコの妹、あの福嶋晃子の妹、と言わなければだれも注目しなかったはずだ。米ツアー3勝、ジュニア選手の活躍は今でこそ当たり前となったが、はるかそれ以前、若くしてゴルフ界の夢を具現したパイオニア晃子。浩子は福嶋家3人姉妹の真ん中、38歳。姉とは5歳違い。悩み苦しみツアー10年、1度もシードを取ったことがない、といえばその苦労は並ではなかった。それでも頑張りぬいたのはこの時のためだった。

 第1日、首位に立った。2日目も首位を維持した。だが、誰もが優勝してほしいと願うが、勝てると言い切れないのがこの世界だ。ゴルフは経験のゲーム、最終日の重圧の中、音たてて崩れ去るのが新人の定め。勝つのはそうした経験を重ねてのちにしかやってこない。
 プレーオフの1ホール目。どうにかパー。2ホール目に備えハヌルの1メートル弱のパーパットを待っていると、球はカップ横をすり抜けた。その瞬間、優勝が転がり込んだ。米ツアー2勝、スマイリー・ハヌル(笑顔ちゃん)の愛称で人気のその口元がゆがむ。浩子、茫然とする、はっとする目に涙が込み上げる。母・しず江さん、この大会予選落ちした姉・晃子と甥、義兄たち応援団に喜びがはじける。

 

 姉の陰にいつもひっそりといた。3年間マネジャーを務めた。高校時代にイップスを味わった。父・久晃さんは太洋ホエールズ(現DeNA)の名物捕手。守備に付くと眼前の野手に向かい独特の甲高い声で叱咤激励を飛ばし続ける戦う捕手だった。スポーツファミリーというのだそうだ。男性のエネルギーが強い家族には活発な女性だけが誕生する。生まれる子が女ばかりの家族をそう呼ぶのだと、アメリカ留学の友人から聞いた。
福嶋家の3姉妹はエネルギー豊かな父に引きずられるようにゴルフにのめりこんだ。いつも元気な明るい家族だ。名前は思い出せないが、末っ子は英国に留学していた。全英オープンのテレビ朝日中継スタッフの現地スタッフとしてかいがいしく働いていた。この日の快挙にその末っ子と父・久晃さんがいないのが気になった。誰よりも喜んでいるのは、そこにいない人達であることが多い。当たり前だ、いないから気になる。  それはさておき、優勝だ。スポーツファミリーの意気や高し、である。見事に開花を迎え心からの拍手を送るものであります。
 韓国勢に押されっぱなしの日本ゴルフにこんな形で歯止めがかかってうれしい。男子はこの週も賞金王の金キョンテにやられた。女子もイボミがこの世を謳歌しているし、いや、韓国の強さ、それにしてし日本のふがいなさよ、と嘆くのである。
 勝ち負けは勝負の世界、仕方がない。だが、キョンテもイボミもさらに存在感をみせる昨今、いったい日本のパワーはどこにあるのか、何も見えてこないのが気がかりなのだ。
 特に女子。成田美寿々、原江里菜、服部真夕、森田理香子、藤本麻子は一体どこにいってしまったのか。

 福嶋浩子に習え、あるいは倣え(ならえ)と言いたい。福嶋は教えてくれた。勝とう、勝ちたいと思うとき道は開けるということを。
トーナメントの勝者は常に一人だけだ。その道は狭く100分の一の確率でしか勝てないが、物は考えよう。100人で一人しか勝てないなら“それは私です”と受け止めた方がいいに決まっている。強いものが勝つと決まっていたらスポーツなんて面白くもないしやりがいがなくなる。必ず一人のチャンピオンが生まれるのだから「それはわたしです」と名乗り出て勝利を目指した方がこの際、正解。この選択をできたのが今回の福嶋浩子。「いつかは勝つ」「勝てる」と戦った福嶋は明らかにひるんでいなかった。心意気がたくましくラウンドに迫力があった。
第1日、トップで夢が開けた。2日目、まだトップにいた。最終日を支えたのは勝利への意欲でしかなかったのではないか。「10年も苦労したのだ、ここは勝たしていただきます」と全身で表現しているようだった。勝ってみるとそれは1日も首位を譲ることない、完全優勝。16番で4パットのダブルボギーで1打差、17番ボギーでついに並ばれプレーオフへ。それは思うに忌まわしい地獄への道に見えた。だが、勝った。勝ってみると4パットも愛嬌、プレーオフもいい経験になった。終わってみると完全優勝。1度たりとも首位を譲ることもなくプレーオフのおまけまでつけた完全優勝だ。そう、これを今後「グランドスラム・パーフェクト・ウイナーズ・サークル」と呼ぼう。完全優勝にプレーオフの”味付け“のおまけがついている。
自らを奮い立たせたドラマ仕立ては見事だった。勝者は一人ならそれは私でしょう、と良い意味の開き直り、決意が実を結ぶとこんなきれいな花となるのだと見惚れた。良いものを見せていただいたと心からの祝福を送る。これから、ここからだよ。浩子さん!

 
武藤 一彦(むとう・かずひこ)
ゴルフジャーナリスト。コラムニスト、テレビ解説者。報知新聞には1964年入社、運動部に所属、東京オリンピックはじめボクシング、ゴルフ、陸上担当。編集委員、専属評論家も務めた、入社以来50年、原稿掲載の”記録”を現在、更新中。
日本ゴルフ協会広報参与、日本プロゴルフ協会理事を経て日本プロゴルフ殿堂表彰選考委員、日本ゴルフ振興協会広報メディア委員、夏泊ゴルフリンクス理事を務める。

ゴルフは4メジャーのほか、ワールドカップなど取材、全英オープンは1975年から取材し日本人記者のパイオニア的存在。青木功のハワイアンオープン優勝にも立ち会った。1939年生まれ。東京都出身、立大出。

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