生まれ変わったタイガー。人生エクレクティックの始まり 武藤一彦のコラム


 今季メジャー初戦、「マスターズ」(ジョージア州オーガスタナショナルゴルフクラブ。7475ヤード、パー72)はタイガー・ウッズが通算13アンダーで05年以来14年ぶり5度目の優勝を遂げた。首位と2打差2位の最終組、イタリアのフランチェスカ・モリナリを追って11番で首位に立ち、15、16番の連続バーディーで逆転した。メジャー優勝は08年全米オープン以来、通算15勝。ジャック・ニクラウス(米)の18勝に次ぐ単独2位。米ツアー通算優勝も81勝目をあげサム・スニード(米)の82勝の最多記録にあと1勝と迫った。08年全米オープンを最後に途絶えていたメジャータイトルに返り咲いた43歳が新たな時代に向かって華々しいスタートを切った。

 

 第1ラウンド4バーディー2ボギー70の11位。フェアウエーキープ率64%、28パット。ショットの不安を小技で補った。第2ラウンド、8番パー5でボギーが出るなどドライバーはまだ不安定だったものの首位が7アンダーで5人がひしめき順位は6位ながら1打差。豪快さが影を潜め、林の中から驚異的なリカバリーが目立ったタイガーだった。
 フェアウエーをとらえられないゴルフは決して好調とはいえず、それでいてグリーンオン率だけが高かった。運も味方していたように思えた。かつての他を圧倒する十二分な飛距離はないが、現状の中でコースと戦う、模索するタイガーのかつてないしたたかさが光った。
 第3ラウンドは林から絶妙のリカバリーショットとパットがかみ合い67、通算11アンダー。この日、16番パー3で8アイアンのショットを1メートルにつけるバーディーをとり一瞬だが、首位に立った。後続のモリナリがその後、4連続バーディーでつかの間のリーダーに終わったが、2012年大会以来のメジャー首位の活躍、タイガー復活を暗示する瞬間として記憶に刻まれた。

 

 けがの手術、不倫騒動を経て、タイガーが生まれ変わって新時代。体力の衰え、人生の機微を乗り越え最終日はニュータイガーの試練だった。新生ウッズの活躍に危惧を抱くケプカ、ジョンソンが豪打をバックに立ちふさがった。米ツアーを先頭立ってリードする二人がそのタイトル阻止に動くのは当然。タイガーに好きにさせたとき損をするのはわが身であることを知って牙をむいて阻止にかかった。台湾人の母と豪州人の父を持つ異色、シャーフェレも交えた米国勢のしたたかさは、とてもついていけない厚い壁に見えた。松山がメジャー制覇を悲願とするが、今回のタイガーも含めたアメリカ勢のエネルギーは、それがいかに難しいことかを暗示して絶望的にすらなる。モリナリの最終日突然の後退は、松山にも今後ものしかかってくる“圧力”だ。11番ショートホールの“池ぽちゃ”はメジャーで勝つのは本当に大変なことなのだ、と心がしぼんだ。

 

 タイガーに勢いがついた。大学2年秋にプロ転向。シーズン末、わずか8戦で2勝をあげた幸運児は翌97年のマスターズでメジャー初優勝した。「あの時のこととすべてがつながった。同じ場所で22年後に5勝目、信じられない」と優勝インタビューで語った。今季から開催が繰り上がった5月開催の全米プロも5勝目がかかる得意のメジャーだ。さらに過去に2勝の6月の全米オープン、7月全英オープンと続くメジャーを勝てばニクラウスの18勝に並ぶ大偉業となる。さらに、あと1勝と迫った米ツアー優勝記録、スニードの82勝を上回るのはもう時間の問題だ。いずれにせよ、ゴルフ界はその一挙手一投足にすべての注目が集まるシーズンの始まりだ。

 

 復活は17年春、腰の手術が成功、「この時初めてゴルフができると確信した」という。父・アールさんの死、離婚。2人の子供すら「僕の復帰に痛みをあたえるものとしか考えられなかった」(読売新聞)と明かした。そんな経験を経てこんなメッセージ。「誰もが毎朝目を覚ませば目の前に課題はある。戦い続け乗り越えること。決してあきらめないことだ」(同)と自らに確認するように語っている。

 

 ゴルフ競技にほとんど知られていない競技がある。「エクレクティック」という競技は2ラウンド以上のストロークプレーを行い、それぞれのラウンドのベストスコアを18ホールにまとめ、そのスコアで争う。良いスコアだけを18ホールにわたって抜き出すから当然いいスコアになる。
 この競技が転じて好事家が試しに1か月間のスコアをこの方式で拾い出すととてつもないスコアになった。それを1年まとめるとまた面白い。夢のゴルフをまとめるといろいろと見えて興味深いデータとなる。何が言いたいか。一方で悪いスコアだけを抜き出してみることもできるからやってみると人生が見えるのである。
 タイガーの“人生のスコアカード”においてのエクレクティックは、20歳から初めの10年が好スコア。不倫発覚から手術、薬物運転による逮捕までの10年はバッドスコア、と“スコアカード”ははっきりと明暗がわかれた。追うべき課題があり、あきらめず追うことと誓ったタイガーのさらなる10年が決まった。そのキャリアにおける好スコアの集大成と決まったのである。期待して待つことにする。

 

武藤 一彦(むとう・かずひこ)
ゴルフジャーナリスト。コラムニスト、テレビ解説者。報知新聞には1964年入社、運動部に所属、東京オリンピックはじめボクシング、ゴルフ、陸上担当。編集委員、専属評論家も務めた、入社以来50年、原稿掲載の”記録”を現在、更新中。
日本ゴルフ協会広報参与、日本プロゴルフ協会理事を経て日本プロゴルフ殿堂表彰選考委員、日本ゴルフ振興協会広報メディア委員、夏泊ゴルフリンクス理事を務める。

ゴルフは4メジャーのほか、ワールドカップなど取材、全英オープンは1975年から取材し日本人記者のパイオニア的存在。青木功のハワイアンオープン優勝にも立ち会った。1939年生まれ。東京都出身、立大出。

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