令和の星だ、女子メジャー女王 渋野日向子(ひなこ)に大物感 武藤一彦のコラム


 大物感の漂う大型プレーヤーの誕生だ。98年生まれの渋野日向子(ひなこ)、20歳がツアー初優勝を飾った。令和幕開けの女子ツアー、初メジャーの「ワールドレディス・サロンパスカップ」最終日は12日、茨城GC東コースで行われ、首位タイから出た渋野は1アンダー71、通算12アンダーでプロ初優勝をメジャータイトルで飾った。日本勢の優勝は14年、成田美寿々以来。初優勝、メジャーVは史上13人目の快挙となった。注目のアマ、吉田優利(19歳、日本ウエルネススポーツ大1年)は5アンダーの4位と健闘した。

 

 ぴったり12アンダー、渋野と韓国のペ・ソンウと並んで迎えた16番が明暗を分けた。ともにフェアウエーをとらえたが、高い松の木が前方約50ヤードに立ちはだかる第2打。ぺ・ソンウのショットは右に飛び林へ。これを見た渋野は左からフェードボールでピン左から攻めグリーン中央、ピンハイ7メートルをとらえた。やや左足下がり、ペは木の右からドロー、渋野は左から攻める技術を問われる状況は、渋野に”軍配”が上がった。これがウイニングショットになった。

 

 ペはその後、バンカーに入れダブルボギー、渋野はパーで第3ラウンドから続く緊迫したせめぎあいは、この時点で大きく勝敗を分けたのだった。  アドレスで左手をしっかりと伸ばす渋野の左腕は、サル腕。構えた左手と右手の間隔は細い三角形となって特徴的。この構えからは手が返りすぎひっかけが出るといわれるが、渋谷にその心配はなった。強い足腰に支えられた思い切りのいいスイング。高い弾道からドライバーショットは左右にぶれず、アイアンは堅いグリーンに確実に止めた。強い足腰。低い体勢から一気にトップに挙げる、けれんみのないスイングは安定していた。その上パットが良く第3ラウンド、6バーディーの猛攻。前向きの気持ちをそのまま自信に替えた最終日はプレッシャーもあり、ボギーも出たが、当面のライバルを目の前に集中して好調を維持できていた。

 

 98年プロ入りの黄金世代。畑岡奈紗、勝みなみ、新垣比菜、大里桃子、河本結に次いで6人目が誕生した。岡山・作陽高出身。小学校低学年でソフトボール、8歳でゴルフも始めた。両腕を柔軟に、強く使う、素養を育んだ。この日、20歳178日と大会史上最も若いチャンピオンとなったが、身長165センチ。さらに筋肉をつけパワーアップ、世界に飛び出して行く、これからがたのしみだ。

 

 ここのところ隆盛の日本女子ゴルフだ。しかし、韓国勢の層の厚さとしたたかさには程遠い。有望な選手は出てくるが、日本成長は限定的。3年周期で次々と入れ替わっている。

 

 渋野はこの日のホールアウト後、「息の長い選手を目指して、この日の体験を励みにさらに成長目指して頑張る」といった。すでに畑岡奈紗が、エースとして頑張っているが、渋野にはプラス、息の長い、10年選手を目指して頑張ってほしい。そんな大きなスケールが一気に花開いた、と期待する。世界のメジャーを当たり前のように勝ち進む、そんな期待感。頑張ってほしい。

 

武藤 一彦(むとう・かずひこ)
ゴルフジャーナリスト。コラムニスト、テレビ解説者。報知新聞には1964年入社、運動部に所属、東京オリンピックはじめボクシング、ゴルフ、陸上担当。編集委員、専属評論家も務めた、入社以来50年、原稿掲載の”記録”を現在、更新中。
日本ゴルフ協会広報参与、日本プロゴルフ協会理事を経て日本プロゴルフ殿堂表彰選考委員、日本ゴルフ振興協会広報メディア委員、夏泊ゴルフリンクス理事を務める。

ゴルフは4メジャーのほか、ワールドカップなど取材、全英オープンは1975年から取材し日本人記者のパイオニア的存在。青木功のハワイアンオープン優勝にも立ち会った。1939年生まれ。東京都出身、立大出。

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