「フィル」「フィル」の連呼、左打ちの名手、ミケルソンを1万人のギャラリーが取り囲み18番ホールは異常な興奮に包まれた。オーバーフィフティー(50歳越え)のベテランの快挙に、観客は我を忘れた。米ではワクチン接種したものはマスクなしオーケー。コロナ禍、伝統のメジャーはうっ積した気分を晴らす最高の舞台となった。ミケルソンはノーマスクの友人と次々と堅く抱き合い自らの快挙を祝った。
今季メジャー2戦目の第103回全米プロ選手権は米サウスカロライナ州キアワアイランド・リゾートコースで最終日を行い、50歳のベテラン、フィル・ミケルソン(米)が05年以来2度目の優勝を飾った。1968年同大会優勝のジュリアス・ボロスの48歳4か月18日を上回る50歳11か月7日のメジャー最年長優勝記録。これでマスターズ3勝、全英オープン1勝と合わせメジャー6勝。ツアー優勝は19年のペブルビーチ・プロアマ以来だった。6月の全米オープンで4大メジャーに生涯グランドスラムをかける。
初のメジャー50歳以上のチャンピオン誕生。快挙だ。PGAツアーではサム・スニードら7人がいるが、メジャーでは09年、全英オープン、59歳のワトソンがプレーオフでスチュワート・シンク(米)に敗れ2位が記憶に新しい。ワトソンは「あの2位だけは悔いが残る」と後に語るとき涙ぐんだほどだ。08年の全英ではノーマン(豪州)にもチャンスがあったが、3位に終わっている。
記録男ミケルソンだからこその偉業といっていいだろう。そもそもゴルフをはじめたときから他人と違った。右利きの左打ちだ。生来のレフティーではない。
「父親のスイングを正面から見てスイングしていたので左打ちになった」というが、本当の話だ。
ゴルフの名門、アリゾナ州立大2年、アマの時の1991年、PGAツアーのノーザン・テレコム・オープンに優勝した。1日目65,2日目71、3日目に65で首位に立った最終日、アウトを1イーグル、5バーディーの29。しかし、午後はプロの追い上げにあい最終ホールで3メートルを入れなければならなかったが、勝った。アマ優勝は5年ぶりの快挙だった。その2年後に卒業、プロとなった93年にはビュイック招待で優勝、以来、この日まで46勝。
「ひるみそうになる時が必ずあるが、そんな時はその2倍前向きに行くことにしている」という。アマ優勝の時、「頭の中は18ホール、59の記録しか意識になかった」そうだ。アル・ガイバーガーが77年に記録した米ツアーの18ホールの最少スコアを目指したという。
ドライバ―を飛ばし、アプローチのロブショットはマジシャン(魔術師のうまさ)といわれた。身長180センチの男を5メートル先に立たせ、ロブショットし5メートル先に落とすショットを実際に見せてもらったことがある。
プレーオフで相手が先にOBした。当然刻んで勝ちに行くだろうと思って見ていたらドライバーを打ってOBを打ち、結局、優勝を逃した。記者会見では記者たちに“プロにあるまじき愚行、あそこは刻むべきだ”といわれた。するとはっきり言った。「ゴルフは飛ばすだけ飛ばし、ピンに近づけるだけ近づけるゲームだと思ってプレーしている。練習でやったことを試合でやる。それがゴルフだと思っている」
この日、ケプカと同じ距離を飛ばしたパワーは、いまだに衰えないミケルソンの真骨頂といえた。
「みんなが応援してくれたのを感じた。俺はやれると信じてプレーできた。年齢?体力や技術をつける努力はしたが、大事なのは、それをやることに価値があると思えることだ」―
6月、全米オープンに勝てば生涯グランドスラムだ。やればできると思えるか。価値ありと思えるか。それが大事だ。